太加子の備忘録

2003年12月28日 (日)

暮れ。

 暮れってだから嫌いよね。
大した掃除をするわけではないのだが、ひどく気持ちが急く。
とにかく、ざっと「掃除しました」という具合にあちこちに手を
出して、「はい、おしまい」。

29日には、銀行や病院、買い出しを済ませ、30日は我が家恒例の
餅つき大会、31日は、おせちの用意(今年は長男夫婦が、『中華風』おせちを横浜から送ってくれるって♪)、あとはサッカー観戦といきたい。

そろそろ夫を起こして、今日の臨戦態勢に入って貰わないと!


たかこの備忘録IIへ


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2003年12月27日 (土)

黒豆。


闘牛士の如くに煤を払ひけり
                   波多野爽波

掲句のように思いっきり煤払いが出来たなら、いっそ気分も晴れるというもの。
しかし、そんな軒も天井も持たぬ我が家では、窓ガラスを拭いたり、床を磨いたり・・・

今日は朝から黒豆を煮ている。
昔亡母が話していたことを思い出しながら。

 その昔、母が高等女学校の生徒だった頃、年末に家庭科の教師 から、家の手伝いをしているかと聞かれ、母は意気揚々と「黒豆を煮ました!」と言ったそうな。
教師が「まあ、感心、ところで何時間ぐらいで煮えましたか」。
母は「はい!2時間ぐらいでした!」
(黒豆は水に浸して4~5時間、煮始めて8時間はかかるのだが)
お嬢さん育ちの母のウソは、すぐにバレて大笑いになったという。

兄嫁が送ってくれた心づくしの丹波の黒豆である。
大事に上手に煮ないと。

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2003年12月26日 (金)

冬木立。


賀状書く痴呆かなしき友ひとり
細見しゆこう

冬木立日のあるうちに別れけり
清水基吉

いい句ですねぇ。
引き締まった冬の空気の中で、一句、一首と思い浮かばないのが凡人の悲しさ、かな。

遅々として治らない風邪を抱えて、掃除日和の窓の外を眺めている。

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2003年12月25日 (木)

風邪。

娘一家を通り過ぎた風邪が、わたしのところへ来た。
もう3週間ほどになる、しつこい風邪が完治しないところへ、
またまた違うタイプの風邪。
幸か不幸か、熱は出ないので、フラフラしながらも台所の片づけ
をゴソゴソとやっている。
暮れの忙しい時期に、どうしようもない有様である。

そもそも、風邪かな?と気づいたのは、落ち込んだ出来事があったアノときだったと思う。
と、すると、「病は気から」ということになるかな?

こんなわたしでも、結構しおらしいところがあるんだね。

昨夜の高草山のイルミネーションは、今までで一番の出来だったかな。
色とりどりに飾り付けられた巨大ツリー、その後に山(?)、少し離れて流れ星(?)という「力作」。
ご苦労様でした。

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2003年12月24日 (水)

クリスマス。


硝子戸に小さき手の跡クリスマス
                   大倉恵子

 我々夫婦にはクリスマスなんて、すっかり縁遠いものになってしまった。
孫にプレゼントを、と思っていたら、「そういうものは親がするべきものだ」と夫に言われてしまった。
そうだよね、ジジ、ババの出番と言うものでもないかもしれない。
それに、孫たちを見ていてもオモチャは溢れるほどあるし・・・
ま、その責任の一端はわたしにもあるのだが。

毎年イブの夜には、近くの高草山の頂上から中腹付近に、巨大なイルミネーションが現れる。
近隣の有志が山の斜面に、ツリーや星をのかたちを作って見せてくれるのだ。
昨夜何の気なしに山を見上げたら、三分の二ほど出来上がった
ツリーらしきものがチカチカ光っていた。
暗い中、寒い中でご苦労様。

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2003年12月23日 (火)

風邪。

 遼が保育園から貰ってきた風邪が、隼にうつり、娘にうつり、今日は婿までやられたとの電話。

こどもたちはもうピンピンしているのだが、親はかなりひどい。
わたしの風邪とはタイプが違うらしく、嘔吐、下痢、発熱、の三拍子。
ただし、治療をちゃんとすれば4日で治るとのこと。
事実、娘も4日分の薬が出て、「これで治ります」と医者に言われたらしい。

昨日は、娘からのSOS発信を受けて、わたし自身マスクをしながら、ちょっと本調子でない隼を預かった。
今日も覚悟をしていたら、娘から「大丈夫、良くなりました」とのメールが早朝に入った。

やれやれ。

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2003年12月22日 (月)

ドバト。

 ひとつ「お利口に」なった(かな)。
今朝の朝日の記事。
作家の五木寛之が「みみずくの夜(ヨル)メール」という連載を、一週間に一度書いているのだが、その中で今日は「鳩」の話題。

お寺の境内などにいる鳩のことを、「ドバト」と呼ぶのだと思っていた作者、実は室町時代には「塔鳩(とうばと)」、安土桃山のころからは「堂鳩(どうばと)」と呼ばれるようになったと、鳩の研究家でもあるノンフィクション作家に教えられたと。
神社仏閣に多く棲むところからそう呼ばれたらしい。

更にドバトとは、「土鳩」のことだと思っていたと書いている。
実は、わたしも、そうだと思っていた。
その辺にいる鳩は「土着の」という意味かと、勝手に理解していた。

五木寛之と「ドバト」に関しては思考回路が一緒だったんだ!
な~んて思ったりしたのでありますが・・・

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2003年12月21日 (日)

優勝しちゃった!

 今日は「田子重杯」というインディアカのカップ戦。
なんとか治まりつつある風邪を心配しながらも、心は「勇んで」体育館へ。
この大会、我が「高草フレンズ」は、メンバーが揃わず欠場。
わたしは他のチームの「助っ人」として参加することに。
そのチームで、ブロック優勝したというわけ。
助っ人の面目躍如というところで、やれやれ。
楽しい一日だった。
まぁ、勝てれば楽しいに決まっている(勝てなかった夫の弁)。

優勝賞品は、と言えば、スーパーの後援とあって、ひとりに一本ずつのサラダオイル(大きかった)、参加賞は1.2キロの洗剤。
参加者数は630人だったから、田子重さんも太っ腹!

田子重さん、有り難う。

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2003年12月20日 (土)

プッ・・・

 あまりいつまでも咳と痰が続くので、病院へ。

「長いねぇ・・確かに。」
「で、心配になってこの間『呼吸器内科』も受診したんです」
「何が心配で?」
「・・・肺ガンとか結核とか・・・」
「で?」
「異常ないそうです」
「そりゃそうでしょう、そんな風にピンシャンとはしてないんだよ、そういう病気の人は」
 ・・・・・
「先生、今、笑いを堪えてるでしょ?」
「ふ、ふ、ふ」
ホームドクターのK先生との会話。
ついでに看護師までニヤニヤしている。

「気管支炎が長引いてるんですね。薬を変えてみましょう」

ということで、また新たな薬を処方されたのだが。

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2003年12月19日 (金)

な~んにも。

 今日はな~んにもない日。
夕方6時30分から書道の稽古に出掛ける以外は、なんの予定もない。
夫は、忘年会とやらで食事の支度もいらないし・・♪♪♪

でも、わたしの風邪は相変わらず治らず、声帯をやられてガラガラ声。(熱は出ない)
気の急いている音訳もあるのだけれど、それも出来ず、狭い家の中でゴソゴソやるのが関の山といったところ。
今度の日曜には、インディアカの大会もあるし、早く風邪を治さないと。

「増殖する俳句歳時記」の、今日の一句が面白い。

 年の市何しに出たと人のいふ           小林一茶

いよいよ押し詰まってきました・・・・

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2003年12月18日 (木)

フッ、フッ、フ・・・

 昇段試験に合格しました!!
それも、何人かの合格者の中の一番ビリで、危うく引っかかった、という感じで。
でも、いいの、ぜ~んぜんいいの。この前は落っこちてるし、引っかかって、ラッキーということで。
それに、正直、二度目の挑戦ぐらいで合格するとは思っていなかった。

つい先日、教室仲間で高校生のアヤちゃんに、スーパーで(彼女はレジのアルバイト)「たっかこさぁん」と呼び止められ、「わたし、(初段に)受かりました!カナちゃんも受かったんだよ!」と、抱きつかんばかりの勢いで報告され、、「良かったね!」と一緒にその場で手を取って、ピョンピョン跳ねて祝福してあげたのだったが、そのときにも、自分の合格は85パーセントは諦めていたし。

でもね、受かったのはいいけれど、今まで以上に大変になるのは目に見えていて、楽しみながら書く段階ではなくなって来そうで
、ちょっとビビッているのもホンネ。

「たっかこさんに、追いつけるように、頑張るね」とアヤちゃんに言われてはいるんだけど。

でも、取りあえず、ヤッタネ!!

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2003年12月17日 (水)

裏工作?

 朝日新聞のスポーツ欄の囲み記事に、大学バレーボールの大会での組み合わせ抽選会で、不正があったと書いてあり、続いてこの間のワールドカップでの組み合わせにも、工作があったことにも触れていた。
それによると、日本は開催国という有利な立場から、最初の三試合を「勝てる」相手と組むことが出来たんだそうな。
協会としては最初を大いに盛り上げて、視聴率を稼ぐ、という思惑があったのだとか。
なぁるほどね・・・
そう言われてみれば、ナットク。

それに、あの試合前の「ジャリンコ」たちの、お粗末なショー(?)と、バカみたいな応援風景に「何考えてるの!」と怒り心頭だったのは、恐らくわたしだけではなかったはず。
バレーボール協会は、選手と純粋に応援するファンをバカにしてるよね。

以前、こんな意味のコメントを、ナントカというキャスターが、理路整然と説得力ある文章で書いていたのを、やはり朝日新聞のスポーツ欄で読んだことあるゾ。

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2003年12月16日 (火)

東京物語。

一人身の心安さよ年の暮
               小津安二郎

生誕100年とかで、今話題の映画監督30歳の作品。
句を読んで、気楽な・・と思うのは間違いで、自嘲の句であると
解説に。
当時は、男が「30歳にもなって」独り身でいるのは、
変人か能なしだと世間から思われていたのだと。

先日、偶然に小津監督の代表作の「東京物語」をテレビで観た。
この映画では、原節子が話題に上ったようだが、わたしは杉村春子の演技力に軍配を上げたいと思った。
老いた両親を案ずる気持ちと、疎ましく思うホンネとが、ない交ぜになった雰囲気を実に上手く演じていて、監督の醒めた目で作り上げた作品に、ぴりっと彩りを添えている。

なるほどね、心に染み入るってこういうことを言うのね、と感激。
老いてゆく親の気持ち、それを見ている子の気持ち、の両方が分かる歳になったせいなのかもしれない。
小津作品が少し分かったような気がした。

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2003年12月15日 (月)

サッカー

昨日は一日中サッカー中継を観ていた。
裏のお宅では、旦那様が玄関周りを拭いたり磨いたりする様子が窓越しに見えたが、わたしは「風邪」を、夫は「腰痛」を理由にして、あたたかい居間にこもりきり。

まず天皇杯、我がエスパルスが勝ち、気をよくしてチャンネルを変えたら、なんとマリノスが高校生相手に大苦戦。
更に、今朝のニュースを聴いていたら、岡田監督が「格好いいサッカーをやろうとするな!」と激怒したとか・・オーナーに至っては「全員クビだ!」と言ったとか・・・
トヨタカップ、これは期待しすぎの部分も手伝って、イマイチ・・

ここのところわたしは、新聞の番組欄とにらめっこで、スペインサッカーの録画に余念がない。
帰省したら、サッカーを観ながらゴロゴロするであろう息子たちを思ってのことだが、さて。

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2003年12月14日 (日)

雑感。

なんだか最近、気分は「曇り空」みたいなことが続いていて、ぱっとしないのだが、今日の天気は「お見事!」と拍手をしたいほどの冬晴れ、あるいは小春日和。

大根のぐいと立ちたる天気かな           原田 暹

ここのところ、ちょっとご無沙汰しているMさんの家庭菜園の大根も、こんなかしら。
電話してみようかな。いえ、大根目当てではありません、念のため。

少し風邪気味で、昨夜はインディアカの練習も休んだ。
音訳も、こんな風邪声では録音できないし・・・・

年の瀬ともなると、普段は気がつかない(振りをしている)ガスレンジの汚れや、窓ガラスの汚れ、廊下のワックスがはげ掛けていること・・・などが、急に自己主張を始めて来るような気がする。
掃除をしないでいることに罪悪感を感じてしまったりもする。

だから、年の暮れってイヤなのよ。
年が明けるとすぐ誕生日が来るし・・・・

なんだか書けば書くほど、ブルーになる日であります。

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2003年12月13日 (土)

増殖する俳句歳時記より。

昨日の鑑賞文は実に面白い。
清水氏にお断りは入れてないが、少し拝借して・・

丞相のことば卑しく年暮るゝ           飴山 實

最近はあまり見かけない言葉だけれど、「丞相(じょうしょう・しょうじょう)」は昔の中国で、天子を助けて国政を行った大臣のことだ。転じて日本では大臣の異称として用いられるが、句の場合は総理大臣だろう。では、この「ことば卑し」き総理大臣とは、誰をさしているのだろうか。句集の出版年次から推して考えると、中曽根康弘か竹下登に絞られる。彼らの「ことば」の中身についての諸評価はあろうが、二人のうちのどちらが詠まれているにせよ、当たっているように思われる。彼らあたりから首相としての発言のレベルは下がり、品位も下落した。私は歴代総理の政策にはほとんど反対の立場であるが、いまにして思えば、大平正芳や鈴木善幸までは老獪さも含めて、まだマシだった。少なくとも、自分に恥じるような卑しい言葉はほとんど吐かなかった。作者は、一国の宰相ともあろう人物がここまで成り下がったのかと憮然としている。この調子では世の中がどんどん悪くなるだろうと、一年の来し方を振り返って慨嘆しているのだ。抒情句の名手であった作者にしては、出来の芳しくない作品だが、それをおそらくは自覚しつつも敢えて句集に収めた心情は見上げたものだ。俳句は庶民の文芸である。花鳥風月も大いに結構だが、やはり庶民の生活ベースを左右する事どもについても述べておくのは当然だろう。そんな作者の声が聞こてくるような気がする。もしも作者が存命ならば、彼は今回の自衛隊派遣をめぐる一連の小泉純一郎の「ことば」をどう捉え、どう詠んだであろうか。もはや「卑しき」程度のやわらかな形容ではすまさなかったはずである。『次の花』(1989)所収。(清水哲男)

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2003年12月12日 (金)

玉手箱。

「牛肉送ったぞぉーー」と、神戸に住むすぐ上の兄から電話。
丸ごと一頭送ったとでも言っているような、いつもながらの勢いで喋る兄に替わって、兄嫁が笑い声と共に
「色々入れたのよ。お肉は結婚記念日にでも召し上がって」

いつもこちらから送るものは、まるで「エビタイ」狙いのようなささやかな物なのだが、今回も遠慮なく甘えさせて貰うことに。

昨夕届いたスチロールの箱からは
上等の牛肉、焼き穴子、生わかめ、いくら、生麩、干し数の子と、高価・珍品な品の数々・・・
お礼を、と掛けた電話の向こうで、
「届いた?良かった。でもね、丹波の黒豆を入れるのを忘れちゃったのよ、郵便で送ったからね」。

玉手箱の一番の目玉商品は、「優しい気持ち」でありました。

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2003年12月11日 (木)

パワー。

 Sさんとは毎週一回、お話相手と、身の回りのお世話で1時間半の(介護保険の)契約で居宅訪問をさせていただいている。

昨日もいつものように話が弾み、笑ったり、時にはしんみりと昔話をしたり、と、時間は瞬く間に過ぎていった。
帰り際、書類を書き始めたら、
「今日からあと30分延長して貰えないかねぇー」と言う。
「2時間の契約、ということですか?」
「そう、そう。あんたと話しているときが、ホントに楽しいんだよ」
「有り難うございます。じゃ、今、ケアマネと連絡をとりますから、Sさんからもお話ししてくれますか?」
 結果、簡単なやりとりの末にOKとなり、そのまま30分延長してお話相手をつとめた。(延長しても、10分くらいはか~るくオーバーするんだけれど)

しかし、気がつけば、そうやってSさんのお話相手をすることで、前日ヘルパーの先輩から受けたキビシイ忠告(?)で、へこんでいた気持ちの立て直しが出来ていた。
Sさんからパワーを貰ったようなものだ。

更に、『ひとがなんと言おうと、やるべきことをきちんとして利用者に喜ばれれば、それでいいじゃない』という、わたしが愚痴って出したメールへの返事が、知人から入っていて、心底
『ほっ!』としたのでありました。

案外、「ヤワ」な自分を再認識した一日でもありましたが。

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2003年12月10日 (水)

参った。


 いやぁー、なかなかうまくは、いかないもので・・・
仕事の上での人間関係に、ちょっとへこんでいます。

世の中甘くない・・・
今更いい歳をして、と笑われそうですが。

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2003年12月 9日 (火)

心のざわつき。


 一冊の本に、こんなにこころを揺さぶられたのは、久しぶりのことだ。

明坂尚子著「遠い、遠い、遠い夏の日。」(文化出版局)
題名から察せられるように、「昭和20年8月9日の長崎」での実体験を綴った本である。
著者が自身の身体から、血を滴らせる思いで綴ったであろう文章が、受け手側の胸を、深く、深く揺さぶるのだ。
9歳のあの時から、時計が止まってしまったと語る彼女自身は、「アノ」時以降、白血病と闘いながら現在は染織作家であるという。
声高に「反戦」を言うのでもなく、失った者への「鎮魂」を押しつけるのでもなく、ごく静かに、静かに綴られる言葉の数々・・

わたしはこの本を、昨日の早朝に読んだのだが、その余韻からか
今でもなんだか心のざわつきを、押さえられずにいる。

因みに本を紹介してくれたのは、目の不自由な兄である。

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2003年12月 8日 (月)

スケジュール。


 月曜日。
さあ、今週は、とスケジュール表を覗く。

月曜・午後2時-4時の仕事。
火曜・友人と会い、夜はインディアカの試合、終了後、介護保険     
   を一緒に勉強した「同期」の「飲み会」に顔だけ出す。
水曜・10時-11時半、2時-4時の仕事。
木曜・午前中は、音訳の勉強会、夜は夫と一緒にインディアカの  
   試合で市の総合体育館へ。
金曜・2時-4時の仕事。夜は書道教室。

土曜は、孫と遊ぶため、日曜は夫と過ごすための一日。

なんだか書き出してみると大袈裟だが、その間にプールにも行くし、音訳もし、読書も出来る。
モチロン主婦業も手を抜かず(?)。

さあ、元気で行きましょう!


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2003年12月 7日 (日)

安全運転。


先日、我が家の速度違反のことを書いたら、友人から、
『我が家でもここ1年で罰金払わなかったのは、Hちゃんだけ(息子さんのお嫁さん)。免停はなかったけれどね。私は歳の割には元気がいいねと言われました』とのメール。
因みに友人はわたしと同い歳で、5人家族。
フフッ・・

わたしも、シートベルトをちゃんと着けて、安全運転に励みましょう。

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2003年12月 6日 (土)

不朽の芳。

 「これは『習字』ですね、『書』とは呼べません」
昨夜の「書」の稽古での師匠の「きつ~い」ひとこと。
この間から書き初めの稽古をしているのだが、いつもながら上手く書けない。

いつもは混み合う教室が、昨夜は幸か不幸か空いていて、師匠とマンツーマンの状態。
何枚書いたろうか、ただひたすら書いては提出し、注意を受ける繰り返し。
ところが、最後の方になって「はい!(良いのが)出ましたね、こういう雰囲気ですよ、あなたの『字』になってる。」と、やっとこさの一枚。
なーるほど、ボツになっていたのとは違う「線」が出ている・・
なんだか、ワカッテキタヨウナ・・・・

そこでもう一頑張りすれば、上達するのだろうが「やれやれ」で
終えてしまう、といういつものわたしのパターン。

因みに「不朽の芳」というのが、自分で選んだ課題でありました。

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2003年12月 5日 (金)

なんと!!


 !!!としか言いようのない事態。
二男に続いて、なんと、その彼を案じていた長男まで「オービス」サマの餌食になってしまったとは!
夫に話したら「ウーン、三者揃い踏みだなぁ・・フッ、フッフッ」だって。
そうです、今年、速度違反の口火を切ったのは、誰あろう夫でした。
20キロオーバーで、危うく免停は免れましたが。

しかし、なんと、兄弟揃って年明けには「免停」が来るという異常事態。

長女のところに「ツイてないことが続くから、気をつけなさいよ」と、電話をしたら「ウチは、この間駐車してたところにぶつけられちゃったから、もう、これ以上はナイよ」とのこと。
そう言えば、彼女自身も軽い追突事故をやってるし。

すると、家族で「無傷」で残っているのは、ユキさんとわたしだけ?
ユキさん、気をつけようね~~~~~~。さぶっ!

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2003年12月 4日 (木)

兄からのメール・2


 兄から昨日の続きのメールが来た。
「音訳する」にあたっては、原作をもっと深く読み切るように、とのアドバイスだった。
今回仕上げた3編の短編については、半ば諳んじるほど繰り返して
読んだつもりだったのだが、それと「読み切る」とは違うことに気がついた。
目の不自由な人が耳を傾けると言うことは、音訳しているこちら側のこころの有り様も、見ているということなのだ。
昨日のメールで、ちょっと気を良くしていた自分を恥じた。
甘いなぁ・・・・

意識していないところで、もしかしたら「傲慢」な気持ちがあったかもしれない。

兄は目が不自由になった分だけ、色んなことが「見える」ようになっているのかもしれない。
もっとも、それ以前から思慮深く、鋭い感性の持ち主ではあったが。

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2003年12月 3日 (水)

兄からのメール

兄からのメール。(原文のまま)

昨夜11時過ぎから、テープを拝聴しています。
赤犬の話と静かな木の2編を聞き終えたところです。
自分の素直な印象が、消えないうちに、感想を書きます。

1. 良くぞ勉強しましたね。
2. 感情移入の点も、大丈夫です。
3. 朗読のスピードも、大丈夫です。
4. 息の使い方も、目立たず大丈夫です。
以上は、身内だからと言うような気持ちで述べているのではありません。
ほぼ、合格点です。

今後のあなたの、更なる成長のために言うとすれば、

1. 朗読をきれいに聞かせようとしないことです。
  自分を飾らぬことです。自然でいいのです。
2. 作家が、作品を世に出すためには、習作を試みるように
  朗読者も、作品を前読みして、自分の感想文を書くことで   
  す。
3. 作者が、読者に訴えたり、泣かせどころの点、作者の個人的 
  な「くせ」(文字使いの頻度)を掴むために。
4. 出来うるならば、対面朗読者の機会を沢山持つこと。
  それは、対面する人との二人の「朗読文学館」を  
  構築することでもあります。

以上です。
朗読とは、結局のところ自分の眼線を作家の眼線に
どこまで近ずけられることかだと思います。
今日は、こちらの図書館で対面朗読を受けてきます。
帰宅後に、ゆっくり書きます。
では また。

こころに染み入るメールでありました。

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2003年12月 2日 (火)

薔薇。


冬ばらの蕾の日数重ねをり  星野立子

水曜日に伺うSさん宅の、かなり広いお庭の片隅に薔薇の木があって、実に素敵なピンクの花を咲かせている。
四季咲きの薔薇ということで、この時期にも、大輪の、それでいて楚々とした風情は何とも言えない美しさがある。
訪問の度に「あら、またひとつ咲きましたよ」とか、「つぼみが膨らみましたね」とか言っては、話題のひとつになる。

花好きのSさんだが、ここ何年かは手入れも出来なくなったことを、花の話題の度に悲しげに嘆く。
かつては立派に仕立てたという菊も、今では好き勝手にあちこちで咲いていて、それはそれで「すごくキレイですよー」と言うのが、そんなSさんへの、いつものわたしの決まり文句。

久しぶりに晴れた今日あたりは、お庭に出て好きなお花をながめているかしら。


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2003年12月 1日 (月)

金魚。


 今日から12月。
しかも、雨。暖房もいらない妙な温かさ。
どうなっているのだろう。

今朝、夫を送り出した後で、外の水槽で金魚が全滅しているのを、発見。
可愛がりすぎて、水槽にヒーターを入れた夫の、温度設定のミス、多分。
夫は、電話の向こうで「えっ!」と絶句。
続いて、「可哀想なことをした・・・」と。
小さなタモで掬ったら、持ち手がしなるほどに大きくなっていた金魚を、雨に打たれながら庭の隅に埋めた。

夫の意気消沈振りが見えるよう・・・・

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2003年11月30日 (日)

兄。


目の不自由な兄に、テープが出来上がったことをメールで知らせたら、「楽しみにしている」と折り返し返事が来た。

また、藤沢周平の「蝉しぐれ」に取りかかっていることを伝えたら、すでに点字本で読んだので、最終章だけ音訳してほしいとも言ってきた。最後の余韻を楽しみたいのだという。

兄は「さーくる しおさい」という、中途失明者のための点字勉強会を立ち上げていて、年齢に格差のあるメンバーに、次はどんな教材を紹介しようかと考えるのが楽しいという。
現在は 宇江佐真理著「余寒の雪」を、次は山本周五郎の「墨丸」を予定しているとか。
  
また、明坂尚子著「遠い 遠い 遠い夏の日」を音訳してほしい
とのこと。
素人のわたしにどこまでやれるかわからないが、取りあえずインターネットで本を注文した。

我が兄ながら、その前向きな生き方に、脱帽!

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2003年11月29日 (土)

目隠しの・・


目隠しの闇に母ゐる福笑ひ
ストーブの油こくんと母はなし
                 丹沢亜郎

作者の寂寥感が背中から伝わってくるような・・・・
よーく分かりますねぇ。
特に「闇に母ゐる」、「油こくん」なんて、ウルウルッと来そうで、同じ母恋の句でもこんなに違うのねと、思い知らされた次第。(モチロンわたしの句なんて比較にならないが)

この間から取りかかっていたプライベートテープの「静かな木」を仕上げた。
続いて「蝉しぐれ」に取りかかったのだが、まあ、難しいこと!
早くも、一章を仕上げるのに何日もかかりそうな気配。
ま、気長に、ということで。

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2003年11月28日 (金)

ホロリ。


 最近少々涙腺が弱くなったようで、今朝も朝日新聞の投稿欄を読んでいてホロリ。

内容は、父親の還暦のお祝いを何か考えるようにと、海外へ留学中の娘さんと、地方の大学に行っている息子さんに連絡したという、母親からの投稿で、何の音沙汰もないことに半ば諦めかけていたところへ、「生ものを届けます」という娘さんからの連絡があり、何が届くかと待ちわびていたら、「生ものです」と言って娘さん本人が現れたという内容。
海外からの旅費を弟さんが半分持ったという。
翌日弟さんの大学へ、ラグビーの試合の応援に行き、グラウンドの隅で家族四人が久しぶりに顔を合わせた、と。

さぞ、嬉しかったことだろうと、投稿者に自分を置き換え、そのご主人にわが夫を置き換えて、ホロリ・ホロリ。

ま、こんなドラマチックな演出はなくても、我が無口な夫も、密かにこどもたちの帰省を楽しみに待つ父親の一人である。

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2003年11月27日 (木)

雪辱。


 昨夜知人から電話があった。
「雪辱を果たす」がホント? 「雪辱を晴らす」がホント?
と、ニホン語の使い方について。

さぁ、改まって聞かれると・・・
そこでお得意の「電子辞書」の広辞苑の登場。
しかし、これっ!という解説は得られず、「どっちかしらねえ」
彼女は「晴らす」じゃないの?わたしは「果たす」だと思うけど
・・と、結論は出ず仕舞い。

折から、わたし自身音訳でニホン語の「読み」、「アクセント」に悩まされている最中で、そんな四方山話をして電話を切った。

その後、ふと思い立ってパソコンの辞書で調べたら、どうやら「果たす」が正解みたい。

因みに知人はサッカーの、「頑張れ藤枝東高」のHPへの書き込みを読んでいて、ふと「?」と思ったそうな。
更に付け足すと、ご夫婦で正月の高校選手権の応援に行く予定を、すでに計画しているとか。
わたしは気弱に、暮れの31日の三ツ沢競技場での第一回戦を見る方が、「賢明」なんじゃないの?などと、お勧めしているのだが。

まあ、ともあれ、ガンバレ!藤枝東高!!

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2003年11月26日 (水)

じゃ、またね。


「じゃ、またね」と言ってから、顔を見合わせて同時に「そればっかりね・・・」

スーパーで近所の友人と久しぶりに出会ってのこと。
Kさん、Sさんとわたしの三人は、近所に住んでいると言うだけでなく、もう三十年からのお付き合いである。
しかし、ここ1.2年の間にSさんは姑を送り、今は実父の看病に隣市に通い、Kさんは大腿骨骨折から痴呆になった姑と、やはり痴呆が進み始めた舅の世話に明け暮れている。
近所にいながら、時々電話で愚痴を言い合うのが精いっぱい。

そう言うわけで、「じゃ、またね」の空手形ばかりの乱発。

ゆっくりお茶を飲みながら、「無駄」な「楽しい」時間を過ごせるようになるのはいつかしら。

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2003年11月25日 (火)

思い出。


秋雨の瓦斯が飛びつく燐寸かな    
                    中村汀女

今日も雨。
汀女の句集をパラパラやっていたら、掲句にぶつかった。
即座に、もう50年ほど昔の、今はない実家の暗い台所を
思い出した。
コックを捻ると勢いよく飛び出すガス、そうそう、
片手に持ったマッチの火が吸い寄せられるようだった・・・
そこに痩せぎすで長身の母がいて、わたしは台所の
上がりかまちに腰掛けていて・・・
そう言えば、テストの出来が悪くて叱られるのも、
いつもその場所だった。
悩み事を聞いて貰ったのも、そうだった。

ふと、涙ぐみそうになるような遠い、遠い思い出である。

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2003年11月24日 (月)

雅号。


月光のつきぬけてくる樹の匂ひ 
桂 信子

先日、書の教室で師匠から
「そろそろ雅号を考えましょう」と言われた。
確かに帖幅で大きな作品を仕上げても、
名前が「たか子」と平仮名ではいかにも締まりがない。
その上、名前の文字が下手と来ては話にもならない。
でも、自分にそんな実力があるとは思えないし・・

「好きな文字はありますか」
「はあ、・・遊・翔・俊・風・・・」 
「それなら、佳風はどうですか」と師匠。

師匠の「幽佳」から「佳」を頂戴するというわけ。
「有り難うございます。でも・・」
「考えておいてください」
「・・・はい」

・・・・さて、さて・・・・・

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2003年11月23日 (日)

唱歌。


昨日の「音楽療法」の講習会で、講師が小沢昭一が歌う唱歌のCDを紹介してくれた。
彼特有の歌い方で懐かしい唱歌を12曲歌っているのだが、その中で一番心に響いたのが「垣根の垣根の曲がり角・・・」で始まる「たき火」だった。
2番は「山茶花山茶花咲いた道・・・」と続くのだが、哀愁を帯びたと言おうか、こころの襞を優しく撫でると言おうか、実に聞いていて心地良いのである。不思議なほどに。

また、人間が言語でコミュニケートがとれる割合は35パーセントほどで、あとは所謂ボディランゲージである、という話も、よく考えれば「そうだよね」ということになるが、それを自分の日常に置き換えて考えてみると、お年寄りに対してどこまでこころを尽くして接していたか、言葉だけでやりとりしていなかったか、などと考えさせられるのである。

勉強のチャンスを与えてくれた事業所に感謝。

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2003年11月22日 (土)

OB戦へ。


 朝から忙しい一日。
10時からヘルパー対象の「音楽療法」についての勉強会。
終了後、迎えに来てくれた夫の車で草薙球場へ急ぐ。
「巨人阪神戦」と言ってもOB戦を観に。
暑いほどの小春日和の中、時々吹く冷たい風を心地よく感じながら、内野席で、今日はカメラの変わりに双眼鏡の登場。

王、長島、を始めとする、両チームの錚々たるメンバーに、夫は大喜び。
息子夫婦から貰った阪神カラーの大きめなナップサックが、陣取った一塁側巨人サイドでは妙に浮いていたけれど。
楽しかった!

4時過ぎに帰宅。
さあ、今から夕食の支度、それから・・インディアカの試合!

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2003年11月21日 (金)

馳せる。



明日会へる今日よく晴れて冬の空
すつぽりとふとんかぶりてそして泣く
小野房子

 青春のほろ苦い感傷を思い出させてくれる句。
一句目の「会へる」は、多分「逢へる」の意味合いであろうし、二句目は、失恋かもしれない。
いずれにしても、情況がふわっと浮かんでくる。
難しい言い回しは、何もいらない。
短歌や俳句は、「易しいことを、易しく、難しいことも、易しく」いかに表現できるかがポイントであると、いつか聞いたことがあるが、ナットク。
ただ、わたしのように「易しい」ことしか表現できないっていうのも問題だが。

 昨夜、二男から就職が決まったとのメール。
おめでとう。
夫と遅い夕食を摂りながら、三人のこどもたちにしばし想いを馳せた。
なんだか、嬉しいような淋しいような・・・いや、やっぱり嬉しいんだよね。

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2003年11月20日 (木)

深痛。


 わざわざ自宅を探し出してまで訪ねて来て下さった、Sさんのご主人にお礼の葉書を書いた。

 昨日はご丁寧なご挨拶を頂き、有り難うございました。
恐縮しております。
残念ながら、短いご縁となってしまいましたが、T様が
奥様に優しく励ましの声をかけられ、奥様が苦しい息の下
から、それに応えていらしたご様子が、今も忘れられずにおります。
ご深痛のこととは存じますが、どうぞお身体ご自愛
下さいますよう、お元気になられますよう、
お祈り申し上げます。 かしこ


丁度時を同じくして、知り合いも父親を喪った。
「なんだか、バタバタしててね」電話の向こうで疲れ切った様子の彼女。
人が亡くなると、残された者はしばらくの間、(七日ごとの法要、四十九日・・一周忌、三回忌)・・と、心落ち着かせる暇もなく日々を過ごすことになるが、その気忙しさも過ぎてみれば、「忙しさに紛れる」ことが、悲しみを癒してくれる手助けになっていたことに気づかされる。
わたしの数少ない体験からではあるが。
お悔やみとともにそう言うと、「確かに、そうね。考え始めると居ても立ってもいられなくなるもの」

大切な人を喪うのは、「悲しい」を通り越して「悲しい」。

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2003年11月19日 (水)

感謝の気持ち。


 驚いた。
遠慮がちにドアをノックする音がして、開けてみたら先日亡くなったSさんのご主人が立っていた。
「その節は、お世話になりました」とご丁寧に挨拶をされ、恐縮。
ご主人とはSさんの介護に、ヘルパーとして関わらせて貰っただけの、ごく短いお付き合いだった。
それなのに、「Sとわたしの感謝の気持ちです」と、菓子折まで差し出される。
困惑した。
しかし、何度かの押し問答の末、結局は頂くことになってしまった。
その後、Sさんの最期の様子と、三人の子供さんが臨終に間に合ったということを、問わず語りに話され、背を丸くして帰って行かれた。

事業所にその旨を電話したら、
「あなたの真心へのお礼でしょう。お受けして下さい。有り難いことですね」と言われ、なんだか胸にこみ上げるものを感じた。

「まだ、実感が湧かないんですよ・・」と、寂しげに笑ったご主人。
77歳と74歳のご夫婦であった。

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2003年11月18日 (火)

ド・ン・マ・イ。


 ここ一週間ほど時間が出来たので、何度もやり直している音訳を仕上げようと、終日マイクに向かって部屋にこもっている。

先週の音訳の勉強会で、先輩に半分仕上がったテープを聴いて貰ったところ、「あら、いいんじゃないの」という評価を貰うことが出来たので、ちょっと気を良くして。

でも、夫に言わせると「マイクに向かって喋ってる、って感じしかしない」とか「トーンを低くしてもっとゆっくり」など散々。

先輩に、それを愚痴ったら
「核心をついてはいるわね。でも、プロじゃないんだから、『ご愛敬』よ、そのうち上手くなるって」
そうだよね、と、すぐに開き直るわたしの悪いクセ。

ドンマイ・ドンマイ。

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2003年11月17日 (月)

乳母車。


枯葉踏む乳母車から降ろされて        
              中田尚子

 孫の遼も隼も、とうに掲句のような時期は過ぎてしまったが、温かな想いが胸の中にひろがるような句である。
解説にもあるが、この句から浮かんでくる「乳母車」は、昔ながらの籐で出来たものに違いない。
そうでないと、雰囲気が伝わってこない。

そうそう、孫たちの保育園にも、籐で出来た大振りな乳母車があり、みんなで散歩に出掛けたりするときには、必ずといっていいほど登場し、歩き疲れた小さな子どもを「満載」して帰って来たりする。

乳母車むかし軋みぬ秋かぜに           島 将五
こちらは「母恋い」の句。作者60歳代の作。

この歳になったればこその母恋し         たか子

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2003年11月16日 (日)

感性。


冬夕焼人をあやむるごとき色  加藤三七子

足すものも引くものもない。すぐれた俳句は、それ自体で完結している、と解説にある。
特に彼女の作品は、素人にも分かりやすい感動を与えてくれる。
ドラマのワンシーンを切り取ったような感性は、どこから生まれてくるのだろう。

今日は「小春日和」。
ここで、一句、一首といかないのが、ちょっと哀しい。
         

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2003年11月15日 (土)

薄氷の・・


 今年は静岡県で国体があり、焼津市は相撲競技の開催地となった。
その関係で我らが「シーガルドーム(市総合体育館)」は、10月いっぱいまで使用不可。
そのために、インディアカの後期日程も11月にずれ込んでしまった。
そんなことで、今夜が後期日程の「初戦」。
第一セットは、試合勘が戻らず、危ない危ない・・21-20で辛勝。
それでも第二セットは何とか持ち直して21-10。

ワールドカップバレーの観過ぎが原因か、身の程知らずにも高橋や大山になったつもりでの、アタックのタイミングを取り損ねたりするお粗末もあったが、それでもやっぱり「試合」はイイ!

息子たちの母校藤枝東も、サッカーの全国大会出場を決めたし、エスパルスも勝ったし、なんだか嬉し楽しの一日でありました。

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2003年11月14日 (金)

バレーボール。


 バレーボールのワールドカップを観ている。
荒削りながら、今までの全日本とはひと味違う闘い振りに、思わず見入ってしまったりしている。
ところで、「溌剌プレーをする」T選手が、顔立ちといい雰囲気といい、我が家の娘によく似ていることを発見。
もっとも、言い出しっぺは長男だったが。
一緒に観ていたユキさんも我々夫婦も、即座にナットク。
それからはT選手に娘の名をつけて、「それ、行け!」とか「頼むぞ」とか言っては盛り上がった。
モチロン娘の与り知らぬところで。

先日娘に話したら、やはり職場でも言わているとか。
「だけど、それが誉め言葉なんだか、腐されているんだか分からないのよね」
だから、自分に似ているのが、どの選手を指しているのかが怖くて、「バレーは見ないようにしている」とのこと。


昨日の朝早く、入院中のSさんのご主人から「亡くなりました」との電話。
報告に立ち寄った事業所で、ケアマネが「この仕事は、出会いと別れの繰り返しですから・・・」とぽつんとひとこと。
胸に染み入る言葉だった。

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2003年11月13日 (木)

書。


 ちょっと重たい足を引きずりながら書の教室へ。
やっとこさ書き上げた何枚かを提出に。
いつも通り両手に作品を下げて立つ。
「うん!(良いものが)出ましたね」と師匠。
最後の最後に書いた行書の一枚を見て「これでいきましょう」
楷書と臨書については、以前提出してあったもので「いいでしょう」

「こうすると違いが分かるでしょ」と、最後に残ったものとボツになったものを、今度は師匠が両手に持って立ってくれる。
「はい・・あ・・・分かります」
「頑張りましたねぇ」
「有り難うございます」

やれやれ、頭の上に載っかっていた重しが、ちょっとは軽くなっ
たような・・・

毎回試験の度にこうやって苦しむのだが、ナントカ通過できると
結果の合否にかかわらず、なんだか自分に対して誇らしくなる。
ま、自己満足に過ぎないのだが。

さ、次は年賀状の文字に取りかからないと・・・

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2003年11月12日 (水)

お話相手。


誰がために生くる月日ぞ鉦叩    桂 信子

 今日は1時間30分をお話相手として過ごす居宅訪問。
Sさんは89歳。腰が悪くて歩行が不自由ではあるが、その他はシャンとしていて記憶力も確か。
逆にわたしの方が、話の途中で「ほら、何て言いましたかしら・・アノ・・」などとやる始末。
それでも、終日一人きりでいると気が滅入って「何のために生きているんだか・・・」という気分にもなるらしい。

そのせいか、毎回わたしが伺うのを「待っていた!」かのように、お話しは止めどなく続く。
話題に詰まったときのために用意していく、わたしの「はなし」など、挟む隙もない。
一週間に一度のSさんのストレスの発散の場なのだろう。
帰り際には必ず「楽しかったよ、また待っていますよ」と言う。

Sさんのお喋りを止める切っ掛けを掴めず、今日も20分オーバー・・・・・

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2003年11月11日 (火)

やめたっ!

 書けない、書けなーーーーい。
師匠との約束の期日を明日に控え、昇段試験の課題に悪戦苦闘している。

妙な意地と、もう少しナントカできるかもという、うぬぼれと・・・ぐちゃぐちゃになって、やっと悟った、自分の実力。

紙の山が増えるばかりの机の周り、って言っても、楷書は台所のテーブルで、行書は畳の上で、なんだけど。

やめたっ!
明日は師匠の前で頭を下げよう。
わたしのこんな状態は、「お見通し」なんだろうけれど。

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2003年11月10日 (月)

いつまで・・・


 先週の木曜日の夜、Sさんのご主人から「親族を集めるようにと主治医から言われた。多分もうダメだと思うので」と、お電話を頂いた。
わたしが伺うはずの、翌日の「介助」への断りだった。

ところが、日曜の午前中に、「持ち直したので、またお願いできるだろうか」との電話。
いずれの電話も、事業所と連絡の取れない時間帯だったので、わたしに直接電話した、と恐縮されながら。

病室に伺ってみると、2,3日前より心なしか小さくなったようなSさんが、相変わらず苦しそうな息をされている。
ご主人の目の下にも疲れが見える。

「いつどうなるか分からないけれど」と、ご主人。

・・・・・・。

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2003年11月 9日 (日)

行ってきました。


 夫と高校サッカー選手権、静岡県予選の準決勝戦を観に。
息子たちの母校の藤枝東高校に対するは、清水商業高校。
結果は、終始優位に試合を進めた東高が、後半2分にあげた1点を
守りきっての勝利。
決勝の対戦相手は、清水東高校と決まった。

会場となった「藤枝総合運動公園」は、ワールドカップでセネガルのチームを誘致するために造ったもので、藤枝市の北部の丘陵地にある。
駐車スペースが狭くて、我々が着いた頃には満杯状態。
公園を囲む山の斜面は、路駐の車が延々と列をなしていて、我々も仕方なく公園とはかなり離れた場所の路駐の列の尻尾に車を止めて、後は「歩け歩け」のウォーキング。
お陰で、しっかりと有酸素運動も出来た一日でありました。

サッカーは、競技場に足を運んで観ると、その楽しさがひと味もふた味も違うんだよね。

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2003年11月 8日 (土)

!。


夫恋へば落葉音なくわが前に       桂 信子

 テレビでフランス映画の「まぼろし」を観た。
頭では分かっていながら、どうしても夫の死を受け入れられずに
苦悩する妻を演じる、50代とおぼしき所謂「顔の皺」さえも美しい女優(名前は知らない)の、深い静かな演技力に圧倒された。
特に、夫の死を自らに言い聞かせる海辺でのラストが良かった。

泣き崩れる妻、ふと目を上げるとはるか遠くの波打ち際に立つ、夫に似た男性の姿。
ラストシーンは、波打ち際をその男性(夫と信じて)の元にただひた走る妻の姿を遠く静かに捉えて終わる。

久々に「こころ震える」感動、と言ったら気障かしら。

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2003年11月 7日 (金)

電話。


 二男から作夜遅く電話。
何かと思ったら、明朝(今日)5時のモーニングコールの依頼。
聞けば就職試験だという。
思わず、「あらっ」。
確かに「○○を受けようと思うんだ」と、聞かされてはいたが、もう臨戦態勢に入っていたとは・・・
思わず「背広は?ワイシャツは?」などと言いそうになって、危うく踏みとどまった。

思えば、修士課程の前期を終えて、就職か、そのまま後期へ進学するかで悩み、それを丸ごとぶつけてきたのは、僅か2年前のことだった。

その当時から比べると、確かに一回り大きくなった息子が電話の向こうにいる。
ちょっと嬉しくもあり、寂しくもありの親心である。

今朝、約束通りに電話をしたら、すっきりとした声で、応答が返ってきた。
頑張れ!

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2003年11月 6日 (木)

精いっぱい。


「これがあなたの、今の『精いっぱい』ですね」
昇段試験の課題を両手に下げて立っているわたしに師匠が言う。
わたしの顔ではなく、下げている作品を見ながら。
わたしは言葉に詰まる。
「精いっぱいの作品なら受け取りましょう」
更に言葉に詰まる。
先週の稽古日でのこと。

結局「もう一週間書いてみます・・・」とは答えたものの、情けないことに自分の現在の「精いっぱい」が、どれほどのものか分からない。
師匠の指導が、「はい、いいですね」から、「いいですか」に変わったのは、いつ頃からだったろう・・・。

明日はいよいよ締め切り日というわけで、今朝早くから迷い迷いながら書いているのだが。

えいっ!と開き直れない自分らしくない自分がいて、気持ちを持て余しているのも事実。
さて・・・・。


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2003年11月 5日 (水)

そうだったんだ・・


 「あんた、そりゃ『はったい粉』だよ、麦焦がしともいうけどね」
居宅訪問でSさんのお話相手をしていたときのこと。

先日ユキさんと出掛けた川根で「そば粉」を買ってきた。
「昔、お砂糖を混ぜてお湯でこねて食べた記憶があるわ」とわたし。
「なんだか、こどもの頃そんなものを食べた覚えが・・」とユキさん。
翌日、インターネットで作り方を調べて、いざ!
「ん?」「おかしいですねえ」
それでも、研究熱心なユキさん、なんとか団子状に丸めた。
そこへ、醤油と砂糖で作ったタレをかけてみる。
「うん、食べられないことはないね」と、わたし。
「お母さん、これ、タレが美味しいだけですよ」と、ユキさん。

そんな話をSさんにしたところ、あきれ顔で冒頭のひとことになったというわけ。
そうか、根本的に間違っていたわけね。

念のために「はったい粉」を、電子辞書で調べたら「米または麦の新殻を炒ってこがし、挽いて粉にしたもの。砂糖を加えて水や湯で練ったりして食べる」とあった。
その途端に懐かしい味の記憶が蘇ってきたから、不思議!

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2003年11月 4日 (火)

高草山。


釣瓶落しといへど光芒しづかなり
                      水原秋櫻子

 先月末からお世話させていただいているSさん。
肺の機能が低下していて、最初に伺ったときには自力呼吸が出来ない状態だった。
その後、僅かながら自力で呼吸が出来るようになったが、それでも酸素マスクは常時当てていなければならない。
呼吸するためには、胸全体を揺らして、額には汗が噴き出るほどの体力を使う。
わたしはベットの傍で「深く息を吸いましょ」と言いながら、一緒にハー・スー、ハー・スー・・・・

苦しい息の下から、言葉を絞り出すように「プリンが食べたい」。
わたしは、「もう少し呼吸が落ち着いてからにしましょう」と、文字通りの空しい空約束。

77歳の旦那様が3歳年下のSさんの手を、いとおしそうに握って
看病している。

5階の病室の窓から、少し秋めいてきた高草山が、思いの外近くに見えている。

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2003年11月 3日 (月)

蜘蛛の巣。



蜘蛛の巣に頭を突込めり文化の日
神生彩史

掲句の意味するところは、くもの巣の細い糸が頭に絡んだ、なんていう単純なことではなく、日本の現状に対する痛烈な批判が込められている、と解説にある。
難しいことはさておき、実は我が家の狭い庭のあちこちには、「蜘蛛の巣城」よろしく、女郎蜘蛛が蜘蛛の巣を張り巡らしている。
何匹かの主がそれぞれの巣を守っていて、気がつけばそのひとつひとつがかなり大きなものになってしまっている。
竹箒か何かで払い落とせばいいのに、「蜘蛛は何にも悪さをしない」という夫の主張で手をつけずにいる。
蜘蛛嫌いなユキさんや娘は、眉をひそめていて、娘などはつけつけと「あんなの落としちゃってよ、気味悪いからー」などと言うが、夫は頑として譲らない。
それどころか、ブロッコリーの葉を食い荒らすバッタを捕まえては、蜘蛛に「餌」をやっている始末。
娘曰く「バッタは、可哀想ではないの?、お父さんの『そこのところの基準』がわからない」。

ホント、何なんだろうね。

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2003年11月 2日 (日)

長島ダムへ。


 慌ただしく夫婦で帰省し、例のごとく大学へ出掛けた長男。

そこで、ユキさんと夫との三人で少し早い紅葉狩りに。
最盛期には間があるからと、タカをくくってゆっくり目に出発したのが失敗。
寸又峡へあと10キロの地点で大渋滞に巻き込まれてしまった。
仕方なく途中でUターンし、長島ダム・接阻峡方面へ。

ま、それなりの紅葉を楽しんだ一日でありました。

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2003年11月 1日 (土)

葉書。


コスモスは乱れ咲く花風の花          芳煌

入院中のYさんから電話。
わたしが差し上げたコスモスを撮した葉書が「うれしかった」と。
ひとり暮らしのYさんには、恐らくお見舞いの人もなく、寂しい入院生活を送っているのだろう。
しかし、だからといってヘルパーの立場としては、利用者の生活に深く立ち入ることは許されない。
それで、せめて葉書くらいなら、と思ったのだが。

その前に差し上げた紅葉の葉書と一緒に、枕頭に飾ってあるとのこと。
心なしか元気のない声に、「頑張って下さい。待ってますよ」と
精いっぱいの気持ちを伝えて受話器を置いた。

今日から11月。

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2003年10月31日 (金)

きらめきて。



 きらめきて過ぎし一語や花林檎
                     加藤三七子

 こんな感性、遠くへ行ってしまったなぁ。

 今月も今日でお終い。
なんだか気忙しい日々が、また来る。

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2003年10月30日 (木)

仕事モード。


 今日から仕事で市立病院へ。
介護ヘルパーの仕事は、「今日から」とか「明日早朝から」といった、文字通り緊急の助けを必要とされる仕事も多く、今日からの仕事もそういったもの。

ここ1ヶ月ばかり少し時間が空いていたので、その気のゆるみからか風邪を引いたり、時間がないという理由で置き去りにしていたことを片づけたり、という気ままな生活をしていたので、今日からまた「仕事モード」に切り替えて、シャン!としないとね。

画像は「遼のお手伝い」

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2003年10月29日 (水)

声。


汝もわれも黄落の陽にまぎれけり
         加藤三七子

音訳テープを録り直している。
何度聴いても気に入らず、最初から全部を。何回も。
早かったり、甲高かったり、明らかに口が回っていなかったり・・
始めたばかりなので、当然といえば当然なのだが。
この前の勉強会の時に先輩が、「終わると、何度でも録り直したくなるのよ」と言っていたが、まさにその通り。

商売とは言え、アナウンサー(とくにNHKの女性アナ)の声のトーン、語り口の良さには今更ながら聞き惚れてしまう。

うーん・・・・

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2003年10月28日 (火)

紅葉狩り。


 大騒ぎが終わった。
しかし、アノ現象は何なのだろう。
野球を楽しく観戦する、っていう雰囲気ではないよね。
「贔屓の引き倒し」ってこともある。
チームを内弁慶チームにしてしまうことだってある。
我が家の唯一の応援団員でさえ、「今回優勝したら、阪神のためにならないかもな・・」などと言い出す始末。
ともかくも、「たかが野球、されど野球」のシーズンが終わった。

少し早いかな、などと思いながらも梅ヶ島温泉へ紅葉狩りに。
梅ヶ島から身延へと抜ける山道で、パチリ。
最盛期一歩手前の景色も、なかなかのもの。
心の洗濯の一日でした。

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2003年10月27日 (月)

阪神タイガース。



阪神が負けた。
大方の予想通り、というのがちょっと面白いが。
応援団の尋常ではない熱狂振りに、思わずボリュームを下げて観戦。
夫は、「観てると負けそうな気がする・・」などと言いつつ、チャンネルをあちこち替えて、落ち着かないこと、この上もない。
夫にはワルイが、端で見ているとなんだか滑稽に見えてくる。

この間から取りかかっている音訳が、未熟な出来ながら少しずつ仕上がってきている。
「静かな木」「岡安家の犬」「偉丈夫」、いずれも藤沢周平の最晩年のもの。
でも、出来上がりを夫に聞いて貰ったら、「うーん、ちょっとトーンが高くないか、それに勢い込んで読んでるって感じがするよ」

言われれば、まさにその通り。
難しい・・・・

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2003年10月26日 (日)

マイナスイオン。


 オリオンの山の端に出づ堂々と            雄司

 帰省していた長男が、出がけにドライヤーを使っていたら、本体の付け根から「火が出た」と言う。
見たら付け根の部分のコードが焼け切れている。
早速夫に電話すると、「自分で買ってきなさい」とのこと。
(実は、わたしは夫がM電機勤務と言うこともあり、結婚してこの方、自分で電器製品を買ったことがない。)
従って、ドライヤーがどれほどの金額のものかも知らずに「ギガ・カンサイ」に出掛けることに。
その直前に寄った美容院で「どうせ買うなら『マイナスイオン』が出るのがいいよ」との予備知識を仕入れて、いざ。

折良く「改装のため」の売り尽くしセール中。
そこで「現品限り」の「値引き値札から『さら』に、20パーセントオフの「マイナスイオン」が出るドライヤーを、迷わずに購入。6,380エン也。

しかし、帰宅した夫に意気揚々と「マイナスイオン」のことを話したら一笑に付されてしまった。

でも、「マイナスイオン」について言えば、その発生装置(イオナイザー)が、古びた騒音を出しながら「健康維持」のために、我々夫婦の寝室で今も活躍しているのだが・・・・
(昔こどもたちの枕元に置いていたもので、夫はこの「マイナスイオン」が、こどもたちを「立派」に育ててくれたのだと、今でも信じて疑わない。)
それならば、ドライヤーの「マイナスイオン」だって、髪に良いはずじゃないの?!と、これは居合わせた長男との笑い話。

もう一つおまけに付け加えると、火を噴いたドライヤーは、夫の手によりなんなく修理完了。
なんだか、「くたびれもうけ」みたいな、わたしの一日でありました。

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2003年10月25日 (土)

そんなことないよ、ね。


 阪神のガンバリを、夫にお付き合いして毎夜観ている。
その快進撃に夫はご満悦、家庭の平和も保たれるといったところ。
ところが、そのテレビの画面いっぱいに応援席の「二男」が写った・・と、思った。
髪型と言い、眼鏡の格好といい、嬉しそうな笑顔といい・・・・
その間、ホンの一瞬だったが夫とわたしは同時に、「あっ・・・」
「・・・似てたねぇ・・・」
「・・・まさかねぇ・・・、メールしてみよっ、と」

少しして、おそらくまだ大学の研究室にいるのであろう二男から、「そんなことありません、あるはずないよ」と、少し呆れた様子で返事が返ってきた。

「そうよねぇ、だってあのヒト、阪神のユニホーム着てたもの」
そうよねぇ、それに、アノ子はわたしと同じG党だもの。

でも、似てたなぁ・・・他人の空似ってあるんだね。
そんなわけで、阪神の勝利とともに、暫くぶりに二男に会えたような、なんだか嬉しい夜でありました。

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2003年10月24日 (金)

ご案内。


灰皿に小さな焚火して人恋う
                 原子公平

中学時代の「同級会」の案内が来た。
わたしの出身は清水市だが、すでに生まれた家もなく、親の代からの知人がひとりふたりいるばかりである。
「○○○ちゃん」と呼び合うような幼友達も記憶の彼方に消え、中学校の同級生に是非会いたいとも思わない、などと言うと「へそ曲がり」に聞こえるかもしれないが・・・・

「旧交を温めたい」という案内文にちょっとうさんくささを感じて気がつけば、今度の選挙に関係ありそうな名前を幹事の中に見つけ、一気に気持ちも冷めてしまった。
前回も、わたしは参加しなかったが、確か選挙の前だったような記憶がある。
もっとも、わたしの「勘繰り」かもしれないが。

掲出句、秋の句として素敵。

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2003年10月23日 (木)

浅学。


 字が読めない。読めないのではなく、どう発音して良いのか分からない。
「低声」(ていせい?)・「口腹」(こうふく?)・「空ざま」(そらざま?)・「雑木」(ざつもく?、ぞうもく?)・「一碗」(いちわん?、ひとわん?)・「その家の主」(そのいえのあるじ?、そのやのあるじ?)・「女子」(じょし?、おなご?)・「体格雄偉」(たいかくゆうい?)・・・

藤沢周平の作品は「読みやすい」、などと思っていた浅はかさと思い上がり。
目読と、音読の違いは、思ったよりずっと大きい。
結果、音訳には電子辞書の「広辞苑」が手放せなくなった。

阪神が勝って、やれやれ。
しかし、「ばか」をつけたくなるほどの応援風景。
お国柄の違いだろうか。
折しも、あちらでも松井クンの活躍が光ってますねぇ。

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2003年10月22日 (水)

勝って下さい!


 阪神サマ、今日は勝って下さい。
ダイエーに呑まれたような試合振りの阪神。
今日あたりはねぇ。
そうとは言わないが、夫の顔には焦りが見え見え。
ホームゲームの利を生かして是非一勝を。

ただ、星野監督の顔にペナントレースのころのような勢いが、全然感じられないのが気がかりだけどね。


梅雨晴や野球知らねばラヂオ消す
                     及川 貞

時季はずれの句だが、昔々の母の言葉を思い出して・・
野球好きの父と兄三人、そんな中で母は驚くほどの野球通だった。
何故そんなに詳しいのかを尋ねたら、最初は何も知らなかったが、来る日も来る日も野球中継ばかり、同じ聴かされるのであれば、知らなくてはつまらないから・・と。
何事も夫や子が「最優先」の、昔気質の母親であった。

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2003年10月21日 (火)

音訳。


 この間からプライベートテープを作っている。
まず、藤沢周平の「日暮れ竹河岸」のうちから何編か、次に「静かな木」。
うーん、難しい。
聞き直してみると、さ行の発音が聞きづらいし、明らかに口が回っていない言葉も。
口中音(無意識のうちに口の中で出る音)も、ピチャッ、ピチャッ
と聞こえたりしている。
自前のマイクの性能が「良くないせい」なんてわけもなさそうだし。
更に決定的なことは、読み始めと中盤・終盤の速度の違い。
これは、明らかに訓練不足。

来年の4月から始まる、静岡の「点字図書館」での「音訳」の講習会で、専門的に勉強しよう!、なんて「大志」を抱いていたのだが、ちょっと無理かも。
口中音などのこともあって、「年齢制限は60歳までとしているんですよ」と、担当者が話していたことも、今なら理解が出来る。
なーるほどね。

ま、それならば、自分なりの訓練を重ねて、兄にだけ聞いて貰えるようなテープを作ればいいよね。
な~んて、開き直りの早いわたしではありますが・・・

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2003年10月20日 (月)

Sさん。


 いつも水曜日に伺っているSさんのお宅へ、忘れ物を取りに。
「おはようございまーす」(午前10時過ぎ)。
「だれ・・・?」
奥から出てきたSさんを見て、ドキッ。
なんだか、「お年寄り」というカンジがして・・
89歳なのだから「お年寄り」には違いがないのだが、・・・

わたしが伺う水曜日を「首を長くして」待っていて下さるというSさん。
少し足腰が弱くなっている他は、その年齢を感じさせない。
お話しも、次から次へと淀みなく、途切れることがない。

でも、今日は・・・
ああ、そうか、お化粧していないんだ・・・
そうだったのか、水曜日にはお化粧し、服装を整えて待っていてくれてるんだ・・

忘れ物のファイルケースを受け取り、玄関先で10分ほど立ち話をして帰ってきたのだが、外の秋晴れとは対照的な薄暗い家の中で
、日中ひとりきりのSさんは何をして過ごすのかしら。
帰り際に「良いお天気ですよ。少し散歩でもされるとイイですよ」と声をかけてきたけれど。

いつも、口癖のように「長く」生きすぎたと、つぶやくSさんである。


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2003年10月19日 (日)

イルカ。


一昨日の日記を読んだ知人から「イルカの干物(?)、あんなに可愛いイルカを食べるのですか」と、メールを頂いた。
しまった!書くんじゃなかった。
まるで「野蛮人」のように思われてしまったか・・・

このあたりでは、今頃の季節になるとスーパーの店頭にも、イルカの肉を小さく切ったものが出る。
さっと、熱湯で湯通ししたあと、ゴボウとこんにゃくを加えてみそ味で甘辛く煮ると、案外美味しく食べられる(魚嫌いのわたしは、こんにゃく、ゴボウが専門)。
干物も、醤油と味醂とゴマで味付けしてあるものを買ってきて、さっと火を通して食べる。

そう言えば、長男も「えっ、イルカなんて・・?」と周りの人に言われたことがあったとか・・・

鰹の心臓(この辺りでは、『へそ』と呼ぶ)も、みそ煮にしたり、揚げ物にしたりして食べるのだが、こちらも「うそっー」なんて言われるかな。
あっ、ついでにもうひとつ。
この間訪問で伺ったSさんに、「冬瓜と鯖を一緒に煮て、あんかけを作ると美味しい」と教えていただいた。 
Sさんの話しぶりが、目を細めて「これが、美味しいんだよ」と昔を懐かしむかのようだったので、早速作ってみた。
生姜を入れて、湯がいた冬瓜の下に昆布を敷いて味付けをし、煮立ったところで鯖を入れる。
ちよっと濃いめの味付けで。

魚好きの夫には大好評だった。
でも、魚が嫌いなわたしは、パス。
次に伺うときにSさんには、夫の「美味いね」の言葉を伝えることにしよう。

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2003年10月18日 (土)

無我夢中。


もう逢わぬ距りは花野にも似て
澁谷 道

 季語は「花野」で秋、「距り」は「へだたり」と読ませている。
女らしい、と言ったら語弊があるが、素敵な句である。

朝からチビ台風襲来、うんざり顔の娘に「こんな時期、あっという間よ」と言ったら、「そう思えないのが悲しい。まっただ中にいると、無我夢中でそんな余裕ないもの」
そうだよね、過ぎてこそ分かることの中で、子育ては「最たる」ものかもしれないね。

星野監督が勇退とのこと。
夫の感想、「うーん・・・」

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2003年10月17日 (金)

記憶。


 会社が休みの夫と、清水の魚河岸市場へ。
清水市で生まれ、高校一年までを過ごした町なのに、今や西も東も分からなくなるような変わり方である。

巴川を渡る橋を走りながら、その川沿いの道を指さして、「ああ、ここ、小さな頃お祭りの帰りに親と一緒に歩いた記憶があるわ・・・」と、言いかけたら、「風船を放しちゃったんだろ、真っ暗だったんだろ空が」と夫。
そんな何度も話したかしら・・・・
その前後は、何もなく、妙に残る記憶の断片。

ブラブラと市場を歩いて買ったものは、ほや2個、鰯の丸干し、イルカの干物、自家製ゴマ豆腐。

ヤンキースファンではないが、松井の笑顔が良かった。
何故か松井がホームランを打つ夢を見たんだけどなぁ、昨夜。

娘の日記、笑える。

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2003年10月16日 (木)

海坂(うなさか)藩。


 藤沢周平の最晩年の作「静かな木」を読んだ。
おなじみの東北の小藩、「海坂藩」が舞台。
読み進んでいくと、あの川、あの辻、あの橋の名、そのどこからか「蝉しぐれ」の文四郎が、「三家清左衛門残日録」の清左衛門
が・・顔を出してくれそうな気さえ起こさせる。
まさに「周平ワールド」に迷い込み、気がつけば、「海坂藩」のどこかにわたし自身が、佇んでいるような・・

「介護ヘルパー」の仕事で、お世話している利用者のうちのおひとりが入院され、少し時間が出来た。
夢中で過ごして来た何カ月かを振り返り、自分を見つめ直すという意味では、今が良いチャンスだとも思っている。

しばし、「海坂藩」にこころを遊ばせて・・・

画像は「足立美術館」の庭。

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2003年10月15日 (水)

マイブース。


 音訳の会から古いテープデッキを借りてきた。
マイクとヘッドホーンは自前。
二階の出窓に夫の手を借りてセットし、「マイブース」の出来上がり。
おっと・・使い方は?
取扱説明書を読むより、夫に聞いた方が早い。

さて、と・・・・
まず、藤沢周平の短編集に挑戦。
江戸の市井の人々の何でもない暮らしを描いた、「日暮れ竹河岸」。

飽くまでも「プライベートテープ」なので、音訳に際しての約束事には目を瞑り、「朗読」をしてみる(音訳の場合には抑揚を入れずに読む)。
ところが、読み間違えては、戻し、聞き直しては、戻しの繰り返し・・
きっとテープが悲鳴を上げているに違いない。

少し音読しただけなのに、なんだか喉も痛くなった。

うーん、難しい!

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2003年10月14日 (火)

電子辞書。


幾何眠く少女が使ふぶんまわし        
                 筑紫磐井

ぶんまわしとは、コンパスのこと。
昨日手に入れたばかりの「電子辞書」で、広辞苑を引いたら、ちゃんと出ていた。
方言ではなく、漢字でちゃんと「規」があてられている。
あら、源平盛衰記のなかに「急ぎ張りける程に『ぶんまはし』をあしざまにあてて・・」なんて出てるんだ・・
フッフッフ・・・なかなかお利口な「電子辞書」。
ホントは文字を忘れて困るので買ったんだけど、結構楽しめそう。

それはともかく、掲句の少女は、まるでわたしの学生時代みたい。
数学は(も)、まるでダメだったが、特に幾何は苦手だった。
何が面白いのか、と思ったものだった。
でも良くしたもので、そんなわたしには理数系にツヨイ夫やこどもたち、おヨメさんのユキさんまでがついていてくれる。

分からないことは、すぐに教えて貰えるから「安心」。
でも、聞く端から忘れるけどね。

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2003年10月13日 (月)

秋祭り。


 この三連休に「村の鎮守の」お祭りが、あちこちの地区であったのに、あいにくの天気。
「お舞い」を奉納する、小学校の6年生の女の子たちの「晴れ姿」や、町幌(チョーボロと呼んでいるのだが、こういう字かな?)を引くこどもたちも、この風雨では・・・
やけっぱちのように、あちこちで花火の音ばかりが響く祭りとなってしまった。

祭りの前夜には「宵宮」と言うのがあって、地区の「中老(チユーロウ)」と呼ばれる人たち(要するに中年の集まり)が、ボランティアで夜店を出す。
そこで金魚すくいや、輪投げ、お決まりのおでんや焼きそば、焼き鳥や焼きトウモロコシ等々を10円とか50円とかで売るのである。
これが結構盛り上がり、狭い神社の境内から人がこぼれ落ちんばかりの盛況となるはず、だったのだが。

今年は「ついてないわ!」と言いながら、さっき娘がチビふたりを連れてやって来た。
孫たちの保育園の地区の祭りに参加しての帰り。
遼は「凛々しく(?)」法被鉢巻き姿、隼は長靴姿。
雨の中を、神社の階段を登ってお参りし、保育園までを練り歩いたとか。
「つっかれたーっ」、付き添いの母親のみがバテたようで。

画像はお決まりの・・・天橋立にて。

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2003年10月12日 (日)

すすき。



をりとりてはらりとおもきすすきかな                     
                       飯田蛇笏

掲句の解説が面白い。
「世に名句と言われているが、すすきが『おりとれる』訳がない。あの固い茎は、ねじ切るか、刃物で切りとるしかないはずだ」と。
確かに。
しかも、清水氏が「俳句にフィクションは認めるが、『はらりとおもき』に気を取られた解釈ばかりが・・」と、氏らしくもなくグチグチと続けているのが、こちら側としては逆に面白い。

昨日から長男夫婦が来ている。
長男は、目指しているモノの最終段階の追い込みとかで、終日部屋にこもってパソコンに向かっている。
そのお陰で、わたしはユキさんと一緒にお昼ご飯を食べに行ったり、話し相手をして貰ったりと、イイ時間を過ごさせて貰っている。
しかし、彼の集中力はスゴイ。
わたしなんぞ、仕上げなくてはいけない書を、一枚書いては休み、一枚書いてはコーヒーを飲み・・・で、結局何にも仕上がらないことの繰り返しだもの。


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2003年10月11日 (土)

ヤジロベイ。


 ヘルパーの仕事というのは、ある意味難しい。
仕事の基本は、利用者の「自立支援」のお手伝いをする、というものなのだが、そこに入り込んでくる諸々の事情に、時として巻き込まれたり、何よりも自分自身のポジションを、常に同じように保つことの難しさがあったりする。

わたしはと言えば、昔から不器用な人間で、真面目といえば聞こえは良いが、全力投球をするあまり、周りが見えなくなることがあったりする。
利用者に対しても、「誠心誠意」心を砕いているつもりが、案外、自身の「自己満足」でしかないのではないか、また、わたしのその「一生懸命」な姿勢が、知らない間に周りの人を傷つけているのではないか・・・などと思って、はっとしたりするのである。

仕事を始めて半年。
ややもすると「袋小路」に迷い込みそうな、そんな危うさも感じ始めている昨今である。

ヤジロベイのように「こころ」の均衡を保つのは、なかなか難し
い。

画像は、鳥取砂丘にて。

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2003年10月10日 (金)

萩の花。


地図に見る明日行くところ萩の卍                
                  池田澄子

旅の3日目に、出石の街のお寺を散策していたら、その先々で萩の花に出会った。
白あり、薄桃色あり、濃い紅色あり、と。
この花、お寺の境内に何故かよく似合う。
お寺の由来は忘れても、萩の花の色は記憶に残りそう、といった具合。
それほど出石の城下町にはお寺が多かった。

この町について「ちょっと」言えば、城下町で売り出そうというのか、古い家並みを中途半端に残したり、数ある寺を「大袈裟に」紹介したりと、その意図があまりにもあからさまに見え隠れしているのが、ちょっと残念。
名物の「出石そば」の昼食も、期待したほどではなかったし・・

画像は古い酒蔵の壁。

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2003年10月 9日 (木)

夫婦。


 今回のツアー、毎日が「歩け、登れ」の連続。
姫路城、松江城、天橋立、極めつけは鳥取砂丘。
注意書きに「ご参加は、履き慣れた靴を」と、ご丁寧に★印がついていたわけだ、とナットク。

バスの中で、70代後半と思われるご夫婦と親しくなった。
ご主人は小柄ながら矍鑠としておられるのだが、品の良い笑顔の奥さんは、腰が曲がっていて歩くのに杖が手放せないといった風。
「一緒に旅行できるのも今回が最後かと思って・・」思い切って参加を決めたという。
わたしは、その奥さんを軽く支えながら姫路城の石段を登った。
ご主人はというと、いつも一足早く見学を済ませ、奥さんのところに駆け戻ってきては、「あの辺りまでなら行けそうだよ」と、励ますように声をかけて、一緒に戻ってきたコースを辿り始める。

その様子を眺めながら、夫と「歳取っても、ああやって旅行しましょうね」と、自らの将来を重ね合わせて・・・・

画像は三朝温泉の鄙びた「温泉街」にて。

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2003年10月 8日 (水)

お土産。


 宍道湖まで来たならと、しじみの佃煮をお土産に買い込む。
丹後縮緬の端切れを見つければ、器用な友人を思い浮かべて美しい色合いのものを選ぶ。
栃餅が美味しいと聞けば、試食の挙げ句にまた荷物が増える。
というわけで、2泊目の旅館で遂に宅配便の手配。
「身軽になったからって、もう買うのは止めなさい」と夫からクギを・・・
と、言いながらも彼自身、ふたりの孫のお土産選びにキョロキョロ。
挙げ句の果てに、車のオモチャを2個買い込んだ。
(土産物店に、必ずといっていいほど、幼児向けの玩具が置いてあるわけを、孫を持って初めて知った)
我々夫婦も世のご多分に漏れず、孫が出来てからというもの、どこを旅行しても、その土地に何の関係もない玩具を買うのが恒例となった。

ま、お土産を選ぶのも旅の楽しみのひとつで・・・

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2003年10月 7日 (火)

思い出探し。


 今回の旅行は、阪急交通社のツアー。
山陰の名所旧跡・温泉を巡るオーソドックスな中高年向き。
一日目は、新幹線で姫路へ。
姫路城の見学のあとは、玉造温泉まで。
二日目は、出雲大社・松江城・足立美術館・三朝温泉。
最終日は、鳥取砂丘・城下町出石の散策・天橋立、というかなり「強行な」行程。

さて、初日、玉造温泉に向かうバスの車窓に、鳥取の「伯耆大山(ほうきだいせん)(別名伯耆富士)」が見え隠れしはじめた頃、夫が「あっ」とひとこと。
聞けば、伯備線の「伯耆大山駅」で、昔母親とふたりで乗り換えの汽車を待ちながら、「伯耆大山」を眺めたことがあった、と。
当時住んでいた岡山から、親類の家を訪ねたときのことだったとか。
小学校1,2年の頃の思い出が、急に蘇ったらしい。
それから急に気がついたように、辺りの地名を地図で探し始め、車窓から道路標識に「御来屋(みくりや)」の文字を見つけて、「この近くだよ!、お袋と来たのは!」。
辺りの様子はすっかり変わってしまっていたが、変わらぬ姿の「伯耆大山」が夫を昔々に引き戻してくれた、という思いがけなくも「思い出探し」の旅の始まりともなった。

画像は「伯耆大山」。車窓からパチリ。

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2003年10月 6日 (月)

行ってきました。

 2泊3日の山陰の旅から戻ったところ。
思いがけないこともあったりして、良い旅でした。

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2003年10月 3日 (金)

プロにはなれない。


利用者のおひとりYさんが、入院をすることになった。
糖尿病以外の病気の発症のため。
こころを尽くして係わらせて貰っていただけに、辛い。
早くても2~3ヶ月の入院とのこと。

ご本人は、意気消沈。端で見ているのも痛々しい。
午前中いっぱいをかけて、隣市の病院への送院介助・入院手続きなどの代行。
他に身よりのないYさん。そんな事情もあって、わたしなんぞにでも頼ってくださる。
「待ってますよ、頑張って下さい」と、看護師と一緒に病室へと向かう背中に声をかけたが、Yさんは小さく頭を振っただけだった。

なんとも言えぬ淋しい思いを抱きながら事業所へ戻る。
「ご苦労様でした」とケアマネに迎えられて、不覚にも涙が・・
プロには到底なれないわたしである。

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2003年10月 2日 (木)

キンモクセイ。



夜霧とも木犀の香の行方とも    中村汀女

毎朝一番に開ける清水氏のページの、「今朝の一句」。
素敵な句!
うーん!そうなのよねぇ、そう言う雰囲気なのよねぇ。
折しも我が家のキンモクセイも満開で、むせかえるような香りを放っている。
そんな中で、わたしのすることといったら、せいぜい花をデジカメに納めることぐらい。
ともあれ、イイ句に出会えて嬉しい朝であります。

娘との電話で、隼がお兄ちゃんの遼をやっつけてばかりいるとのこと。
次男坊のきかん気パワー全開だとか。
手加減を知らない弟と、ちょっと分別のついてきた兄との良くある構図。
保育園に行けば行ったで「ガキ大将」とのこと。
でもね「すごーく可愛い」そうな。

ま、元気が一番ということで・・・




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2003年10月 1日 (水)

モンダイ。


二男からのメール
「来週火曜日から学会で札幌に行って来ます。その準備にてんてこ舞いです。でもサッカーはしてますけどね。」
日記には、仲間たちと笑顔の写真。
いいね、若いって。
どんなに忙しくても好きな「一番」には、万障繰り合わせているということなのだろう。

同い年の兄嫁からは、
「私がテレビのリモコン握って一日中ボーッとしている間に皆遠くへ行ってしまう」ような気がして、月一回のボランティアをはじめたり、習い事を復活させようと思っているとのこと。

さて、ヘルパーのわたしは、と言えば、最近ちょっとキビシイ現実に直面することもしばしば。
それを「経験」として、どこまで自分の成長の糧に出来るか、が
モンダイ・・・・・かな。

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2003年9月30日 (火)

秋。


みづうみのみなとのなつのみじかけれ
                     田中裕明

わたしにだって作れそうな「気」がする掲句。
解説によると、こういうのを「玄人好み」「玄人受け」がする句、という風に言うんだとか。
漢字を交えないことで、宇宙的に思考が広がるんだそうな。

今年は九月になってやっと夏めくというヘンな気候だったが、それでもさすがにここへ来て秋らしくなった。
昨日静岡へ行くために電車に乗ったら、半袖姿はわたしを含めてちらほらだった。
友人の三喜は、出がけに「半袖ではいかにも」と長袖シャツを羽織ってきたが、「暑くて、暑くて」・・・。
季節的には長袖を着る方が、お洒落なんだけど。

画像は夫。シャレで勝ってきたTシャツを下着代わりに(まんざらでもなさそうに)着ている。
おかしいーーーーー(クスッ)

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2003年9月29日 (月)

うん!はい!


今朝の感動!
「人は誰でも自分の中に湖を持っていて、その深さとか色調とか涼しさとか透明度とかを、その人生の最後の瞬間まで、加えたり変幻したりしている。人に話をするということは、その人の中の湖に話をすることであるように思う」
との、社会学者の見田宗介さんの言葉(天声人語より)

そうなんだね、その人のこころの湖に話しかけなくてはいけないんだね。
こちらの言葉がその湖に静かに沈むのか、漂うことになるのかは
分からないけれど。
その逆の立場もあるわけだし。

また、「元気になれ、がんばれというメッセージが多すぎる・・・みんなが毎日ハイになることないやんか。元気がない人もいてええんや」と、こちらは数学者森毅さんの言葉(天声人語より)

そうだよね、「頑張り屋症候群」にともすれば陥りがちなわたしに、静かに語りかけて貰っているような・・・

こころに染み入る、今朝の感動でありました。

今日は、終日フリー。
旧友の三喜と落ち合って「お喋り三昧」といきますか!

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2003年9月28日 (日)

理解者?



物言へば唇寒し秋の風          
                  松尾芭蕉
 
 先日のこと、わたしが介護の仕事に就くきっかけを作ってくれた年上の知人から、ちょっと気になることを言われてへこんでいる。

「あなた、この頃こころの余裕を無くしてるんじゃない?」
「えっ!むしろ、生き生きしている、と自身では思っているんですけれど・・・」
「わたしには、とてもそうは見えない。いつも忙しそうで」
「時間的なことを言えばそうですが・・・」
あとは、口には出さずに飲み込んだ。

彼女は以前から、人のこころを斟酌しないでものを言うようなところがあり、今回が初めてではないのだが・・・
ただ、核心をずばっと衝いてくる場合もあることは、確か。
その上、反論しても必ず逆襲に遭うので、掲句のように唇を閉じるしかない。
この仕事についての一番の理解者だと、勝手にわたしが思いこんでいただけかしら。

う~ん、難しい・・・

画像は、お気に入りの「隣のトトロ」の歌を弾いて貰っている隼。

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2003年9月27日 (土)

書。


えにしまだ逢ふ日来たらず天の川
                      高橋淡路女

習字の稽古のなかで、「かな文字」がある。
毎月、与えられた俳句の課題を変体仮名を織り込んで書くというもの。
今月の課題が、掲句。
なんともロマンチックな句なのだが、句の余韻にばかり浸っているわけにもゆかず、師匠に指導を仰ぎながら悪戦苦闘している。
(まあ、毎回のことなんだけど)
その上、またまた昇段試験の季節となり、その作品作りにも取りかかることになった。
仕事を始めたので・・・という言い訳は「ぐっ」と飲み込んで、時間を見つけては書くように心がけてはいるの・・・・だが。
ただ、おかしなもので、何らかの時間的な制約を受けるようになった近頃の方が、以前に比べて稽古に集中できるようになった(ような気がしている)。

未熟な腕で生意気をと言われそうだが、「書く」ことは苦しくもあり、楽しくもあり・・・かな。

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2003年9月26日 (金)

地震。


 今朝は、夫の仕事の都合で4時50分の起床。
朝一番の、地震のニュースにドキッ。
他人事ではないという「緊迫感」、「不安」。
「東海地震」も、こうやって、もっと酷い状況で起こるのかしら・・・
友人は夜寝るときに、パジャマの替わりにトレーナーとズボンを着ることにしているという。
「いつ地震が来ても良いように」とのこと。
「でも、逃げられりゃ、のことだけど」と笑いながら。

「なんとかしてよ」
「なんとかなるさ」
「なんともならないよ」
「どうとでもしてよっ」
・・・・東海地震!

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2003年9月25日 (木)

持論。


男の傘借りて秋雨音重し                  殿村菟絲子

娘が、先日の運動会を撮影したビデオを持ってきた。
夫とふたりで、顔をくしゃくしゃにしながら観た。
こんな場面を「じじ・ばばバカ」とでも言うのだろうね、と話しつつ。
娘は、「隼、かっわいいでしょー、遼はしっかりしたでしょー」と、余裕で我々夫婦の上を行く「手放し」の親バカ振り。

もっとも、「自分の子供を親自身が誉めないで、『誰が』誉めてくれるのよ」という持論で子育てをしてきたわたしの娘だから、仕方ないのだけれど。

今日は、忙しい。
午前中に知人のちぎり絵の展覧会に顔を出し、午後からは音訳の勉強会、その足でHさん宅へ。
朝からの雨が、ちょっと邪魔だなぁ。

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2003年9月24日 (水)

天高く・・・


大空の雲はちぎれて秋祭              前田普羅

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2003年9月23日 (火)

白砂青松。


南無秋の彼岸の入日赤々と             宮部寸七翁

今朝の清水氏のひとことに、彼岸の「中日」を、「なかび」と読んだアナウンサーがいた、とあって、笑ってしまった。
そう言えば、もう何年も前、ローカルの名勝案内の番組で、沼津の千本松原海岸の説明のなかで、「しろすなあおまつ」と言ったナレーターがいた。
一瞬何のことかと思い、しばらくして「白砂青松(はくしゃせいしょう)」のことかと気がついて、一緒に見ていた夫と顔を見合わせて大笑いしたことがあった。
たしか、浅茅陽子のナレーションだったと記憶している。

他人事ではなく、わたし自身にだってそういった間違いは沢山あるのだが、少なくとも「しゃべり」を職業としている人たちには襟を正して貰いたいよね。

目の不自由な兄からのメールで、藤沢周平の「蝉しぐれ」を読み始めたとあった。
NHKの「金曜時代劇」の「蝉しぐれ」も、欠かさず観ているが、かなり原作に忠実で好感が持てる。
兄への返事に「わたしが今続けている音訳の勉強がモノになっ
たら、いの一番にテープに録ってお送りしようと思っていました」と書いた。
多分、ずーーーーーっと先のことだろうけれど。

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2003年9月22日 (月)

睡眠剤。


 この前、主治医から「眠れないときに服用しなさい」と、睡眠剤を処方された。
わたしの不安げな顔を察したらしく、主治医曰く「ボクも一週間に一回くらいは飲んでるんだよ、大丈夫、クセになんてならないよ。それよりモンダイなのは、あなたの『ストレスをストレスと感じない』性格だよ。頑張りすぎないで、眠れないときは一錠飲みなさい」。
ふーん、そんなものかしら・・・

先日、目が冴えて2時過ぎまで眠れない夜があった。
起きてたって構わない、と思ったけれど、主治医の言葉を思い出して一錠飲んでみた。
・・・・・知らない間に朝になっていた。
でも、分かったことが、ひとつ。
5時20分の目覚ましで起きるわたしにとって、スッキリ・シャン!とした目覚めではないということ。
まだ身体のなかには「睡眠剤」が残っている・・・って感じ。
やっぱり、自然が一番ね、とナットク。

そう言えば、この間Kさんから聞いたんだけど、「眠る」ということにもエネルギーが必要なんだって。
そうなんだ、だから朝寝坊が出来なくなるのね、歳を取ると。

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2003年9月21日 (日)

子育て。


颱風の心支ふべき灯を点ず
       加藤楸邨

風雨の吹き荒れる中、近くの小学校の体育館で、孫たちの保育園の運動会が行われた。
遼は「頑張るね」と張り切っていただけあって、どの種目もなんなくこなし、最後のリレーのアンカーでは目を見張るような速さで走り、「これが去年までの遼?」と見まごうような活躍振り。
「去年までの遼」を、「何にも心配することなかったのね」と娘夫婦。
「かよたんが、かよたんが」と何でも一番でないと気の済まなかった、「あなた」の息子だもの・・と、これは我々夫婦の共通の胸の裡。

子供って面白い。
だから子育ては、楽しい。
これは、三人の子を育てた「わたし」の実感。
大変だけれど、今が「華」よ、と、日々奮闘している娘を含めた若いお母さんたちに伝えたい。

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2003年9月20日 (土)

同級生。


一樹にこもる雀台風去りし後
            加藤憲曠

台風が来るらしい。
お昼頃から雨が降り出した。
この台風が過ぎる頃には、さしもの残暑も衰えるかもしれない。
ただ、間が悪い。
明日は孫の遼が、いつになく張り切っている保育園の運動会、夜には延び延びになっていた「焼津海上花火大会」、明後日はここ一ヶ月ほど、夫が密かに「打ちっ放し」に通って楽しみにしている「社内ゴルフコンペ」。
さあ、どうなりますか。

さっき眼鏡を誂えに、大型眼鏡チェーンに行った。
そこで検眼してくれた若い男性の社員が、ニコニコして「タカシ君のおばさんですよね」「?」。
聞けば二男の中学時代の同級生だという。
「和田ですよ、ワダジュンヤです」
「ああ、そう言えば・・・」かすかに、見覚えのある顔だった。
あら、老眼の検眼を二男の同級生にして貰うことになるなんて・・

丁度、阪神優勝セールをやっていて、全商品が18パーセントoff。
(あら、30年振りの優勝だったら30パーセントoffだったってこと?)
夫は、タイガースカラーの眼鏡拭きを貰ってニンマリ。

「そうですか、彼は、まだ勉強しているんですか、スゴイですねーーー」、ため息混じりのワダ君のひとことが、なんだか可笑しくて笑えた。

そう言えば、ついこの間、スーパーで長男と同級だったという女性からも声をかけられたんだった。
当たり前のことなんだけど、みんな大人になったね。

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2003年9月19日 (金)

ホンワカ


朝夕がどかとよろしき残暑かな        阿波野青畝

残暑が続くせいか、今頃になってもプールは大賑わい。
今朝は、Yさんのお宅へ伺って、そのままプールへ。
9時を待って「一番乗り!」と思ったら、4番目だった。
混まないうちに1キロを泳いで、30分の水中ウォーキングをして
帰ってきた。
イイ気持ち!

最近、ちょっと遊び半分でやっている、インターネットのオークション。
昨日、落札した品物の出品者からのメールを見て驚いた。
同じ市内在住の人だった。
そこで、時間と場所を決めて、直接受け渡しをすることになり、ちょっとドキドキしながら郵便局の駐車場へ。
車から降り立ったのは、まあ、若いきれいな奥さん!。
物静かで、人柄の良さそうな女性だった。
「こんなこともあるんですねぇ」と、Sさん。続けて「また、ご縁があるといいですね」。
「お気をつけてお帰り下さいね」と、わたしを見送ってくれたのだが、今時こんな素敵な若いお母さんもいるのねぇと、ホンワカした気持ちになれたひとときであった。

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2003年9月18日 (木)

マンタとマンボウと・・・


わたしが いつも行くプールは、25メートルプールではあるけれど、横幅は3コース強ほどしかない狭いものである。
コースロープはなく、縁をウォーキングの人が一列で、中央部分を泳ぐ人が、という具合に「右周り」に進むのがルールになっている。
この狭いプールに、私が密かに「マンタ君」「マンボウ君」と呼んでいる男性が来ることがある。
マンタ君は、その名のとおり、太い腕を水から30度くらいの角度につき出して、マンタがヒレ(?)を翻すように腕全体・身体全体をくねらせて泳ぐ。
マンボウ君は、ポッカリポッカリ、泰然自若といった風。
このふたり、超スローペースで、しかもかなりのスペースを陣取って泳ぐので、私なんぞのスピードでもすぐに追いついてしまう。
上手く回り込んで抜けばいいのだが、マンタ君の場合にはその大きく広げた手のひらに叩かれそうになるし、マンボウ君の場合は
、息継ぎの顔の向きが丁度向き合う格好になるため、顔と顔が危うく「ニアミス」なんてことになりそうで、ちょっと躊躇してしまう。

結局この大柄な「お二人様」が、マイペースで泳ぐ間は、彼らが泳ぎ終わるのをウォーキングしながら待つか、早々に退散するしかなくなる。
昨日は、マンタ君に、その前は「お二人様お揃い」で出会ってしまい、仕方なく途中で引き上げてきた。
個人的なことを言えば、仕事と仕事の合間の「貴重な時間」がフイになってしまった。やれやれ。

な~~んて言ってるわたしは、トドなんだけどね。

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2003年9月17日 (水)

moon bow


 遠く離れたあなたの 夢を見た
 淋しそうに僕を見て何かを言いかけてたよ
 窓辺に立てば 拡がる星あかり
 浮雲と満月の間を 流れ星がひとつ
 いつまでもあなたを 愛しています                   
 願い事はいつでもあなたのしあわせ      
 おそらくあなたに聴こえないささやかな小夜曲                            

という、「さだまさし」の歌を思い出した。
つい先日、満月と火星とが並んで見えた夜のこと。
この歌、とても詩が好きで気に入っているのだが、オンチのわたしには、難しくて歌えない。
また、「はるか彼方で霧が降ってる幻に見せかけて夜の虹が架かる・・・」と続く、まことにロマンティックな歌なんだけど。

ところで、この歌を知るまで浅学なわたしは、「夜の虹」というのを知らなかった。
月の光で見える虹のことなんだって。
満月前後の、霧や小雨という気象条件で、非常にまれに見えることがあるという。
ハワイでは、これを見たら幸せになれるという言い伝えがあると
か。

 虹消えて了へば還る人妻に            三橋鷹女

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2003年9月16日 (火)

苦節・・


祝・阪神。優勝したのは星野と野村前監督の力が半分ずつ。野村を忘れちゃいけません。(トラキチの清水氏の今日のひとこと)

 やっと、やっと、優勝!
苦節18年、裏切られ続けて、それでも、「もしかして」と何回思ったことか・・・(夫の気持ちの代弁)

BSで2時から「放送するんですってヨ」「・・・・・・」

居ても立ってもいられない風に、狭い家の中をウロウロする夫。
さながら生まれてくる我が子を、分娩室の外で待つ父親のよう。
甲子園で熱狂的に応援する人たちと違って、こんなに秘やかに、こんなに心を込めて応援しているファンもいますよ!と、大声で言ってあげたいね・・・

星野監督の胴上げをみながら、あらっ、なんだか涙ぐんでいるんじゃないの?

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2003年9月15日 (月)

些細なこと。


今日は亡母の誕生日。
だからと言うわけでもないが、一念発起して「おはぎ」を作ることに。
ところが、早起きして張り切ったというのに、ごはんは固め、大事な餡も練り加減が一息長かったせいで、こちらも固くなってしまった。
取りあえず、作ってはみたものの、うーん。
夫は(遠慮してか)「美味しいよ」と言ってくれたが、おはぎの大好きな遼に食べさせたら「バアバ、これ、美味しくないねぇ」と、言われること間違いなし。ア~ア・・・・

ま、仕方ないよ、と気を取り直して鏡の前で簡単な化粧を。
ところが、今度は眉が上手く引けない。
何回か描き直して、ま、こんなものかな・・・
次に髪を、と言っても短い髪のこと、どうと言うこともないのに
、こちらも思うようにならない。

人から見たら、ホントにどうってことない些細なことなのだが、なんだか「することなすこと」「上手く」いかない朝である。

人間にうわの空ありとろろ汁
               清水哲男(「打つや太鼓」より)

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2003年9月14日 (日)

海。


遠くまで行く秋風とすこし行く     矢島渚男

昨夕、「帰りたくない」と、泣き泣き帰っていった孫たちが、今日も転がるような勢いで「ジイジ、バアバ」・・・
彼らの父親が休日出勤ということで、遊び相手のお鉢が回ってきたというわけ。
そこで、朝からの夏のような暑さに、海の傍の市民プール(温水)に出掛けることに。
その後、松林の中でお弁当を広げ、満腹になったところで海へ。
暑い暑いと言っても、さすがに「秋」を感じさせる波。

遼は「海の水は塩辛い」ことを知り、隼は夫の腕の中にしっかりと抱かれながら、押し寄せる波に足を浸してキャッキャッ!

やれやれ、お疲れさまでした。

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2003年9月13日 (土)

孫。


初孫はいとしき獣山笑ふ        増田耿子

掲句の解説に「孫と猫を歌ったものにろくな句がない」とある。
あまりにべたつきすぎてしまうからだと。
なるほど。
しかし、この句は異色。「獣」と表現しているからか。
確かに・・・

わが「いとしき獣」のふたりも、やっと帰っていった。
週末になると決まってやってきて、大騒ぎの挙げ句、「帰るの、イヤ~~」と泣き叫びつつ車に押し込まれていく。
まぁ、そう言ってくれているうちが、ジジババにとっては「華」と、心得ておこう。

台風の影響からか、耐え難いような蒸し暑さ。
「暑さ寒さも彼岸まで・・・」なんて諺が、今年は通用しないかもね。

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2003年9月12日 (金)

フリー。


ふる里は波に打たるゝ月夜かな
吉田一穂

「波に打たるゝ」ふる里は持たないが、昨夜の月は見事だった。
阪神のモタモタぶりを、テレビで「聴き」ながら、夫と一緒に夜空を見上げた。

さて、今日は久しぶりの「終日フリー」。
まず、隼を耳鼻科に連れて行き、お供で付いてきた遼と一緒に保育園に送り届けてきたところ。

さて、次は何をしよう。
この間から気にかかっている書を仕上げようか。師匠に「時間は作るものですよ」と、チクリと言われてるしね。
エアコンをきかせた部屋で、取りかかることにしよう。
それから、プールに行って、そうだ、雑貨の買い物もしなくては・・・

しかし、暑い!


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2003年9月11日 (木)

馬の背。


 昨日の朝は、Yさんの通院日とあって、いつもより早く家を出た。
その帰り道、いつもの陸橋に差し掛かったら、丁度アーチの中程から先の地面が、大雨の後のように濡れているではないか。
「えっ、1時間前は何ともなかったよ」と、思いつつ自宅へ。
やはり・・あ~あ、洗濯物はビショビショ。滴さえ垂れている。
家に入ると、開け放ってあった窓から階段、廊下にかけてはプチ洪水状態。

夕食のとき、「馬の背を分ける」ってあのことね、と夫に話したら、夫が思い出し笑いをする。
そう言えば、「馬の背・・」の解釈について、昔夫と軽い口論になったことがあったのだった。
夫は「激しい雨に打たれて、馬の鬣さえ分かれて寝てしまう」と取り、わたしは「馬の背骨を稜線に例えて、そこを分かつように片方にだけ降る雨のこと」だと言い、辞書を覗き込むことに。
結果は、わたしが正解。
「えっ、そうだったの、もう何十年もそう思っていたのに」と夫。

そう言う勘違いって沢山あるよね。

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2003年9月10日 (水)

遼は花マル、隼は寝たふり。


 恒例の保育園の「祖父母参観会」
遼が最近保育園で、「しっかりモノ」になったと聞いていたし、何よりも、昨夜電話で本人が「ばあば、あした頑張るよ」などと言っていたので、「今年こそは」と期待して出掛けた。

な、なんと、去年までステージで指をくわえていた遼は、何処へやら、きちんと挨拶し、大きな声で歌も歌えたではないか!
うーん、我が家に遊びに来ているときのアノ遼はナンナンダ?
ちゃんと、頑張る場面が分かるようになったってことか・・・
これなら、運動会も期待できるぞ・・・・

・・・ところで、隼は、と言えば、ステージでキョロキョロ、わたしの顔を見つけた途端、テレ隠しの「お得意の」寝たふり・・・
まあ、そんなものでしょう・・・
隼が遼のように、殻を破る日を楽しみに待つことにしましょう。

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2003年9月 9日 (火)

プール。


 久しぶりにプールに行った。
Yさんのお食事作りの帰り道、事業所に報告書を届けに行ったついで。
何てったって、事業所がプールと同じ敷地内にあるのがイイ。

監視のおじさんに「久しぶりだねぇ、いいときに来たよ、昨日水替えをしたばかりだよ」などと声をかけられる。
丁度混み合う時間で、甲高い笑い声やお喋りの声が、天井にグワングワン響いている。

あーいい気持ち!
ちょっと泳ぐと、誰かにぶつかってしまう状況だったが、今日ばかりは、「満足満足」
自分自身を全て解放して、水に浮かぶ。
良かった!、泳げるようになって!なんて思いながら。
だって、5~6年前は、浮かぶ術を知らない「哀しい」カナヅチだったんだもの。

心地よい疲労感、これもイイんだよね。

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2003年9月 8日 (月)

セニアカー。


 清水哲男氏の句集「打つや太鼓」を注文した。  楽しみ。

今日は、Nさんのお供でお墓参りに。

「あんたが来てくれるのを」楽しみに待っていて下さったとか。
前回に比べて、セニアカーの運転がずっとお上手になっていて、驚いた。
その様子からは82歳などとは、とても思えない。
「世界が広がったようで」毎日が「楽しくて、楽しくて」と言う。
「気をつけてくださいね」
「大丈夫、すごーく気をつけてるから。この次は一人で来てもいいかしら」
「そうですねぇ・・、『危ないからご一緒しますよ』って言っても待ちきれないでしょうしねぇ」
「ふふふ・・・」

ホントに気をつけてくださいね。
でも、「世界が広がった」って気持ちも分からなくはないなぁ・・

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2003年9月 7日 (日)

サンマ


江戸の空東京の空秋刀魚買ふ               
                   摂津幸彦
この秋は、サンマが豊漁なのか、スーパーの魚屋さんには安いサンマが、キラキラ光りながら並んでいる。
昨夜はそのサンマを、もうもうとしとた煙のなかで焼き、焼きたてを「おいしいね」と言いながら食べた。
糖尿病のYさんの食卓にも載せてあげたいと思い、調べたら1単位が「中サンマ三分の一」とあった。
うーん、三分の一じゃねぇ、おなかにたまらないしねぇ。
じゃ、サンマの開きなら?と、あれこれ考えてみている。
やはり、時期のものを、少しでも食べさせてあげたいし・・・

秋は美味しいものがイッパイ。
油断していると、すぐに太るわたし。
痩せようと思ってもなかなか・・なんだけど、太るのは簡単なんだよねぇ・・・

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2003年9月 6日 (土)

価値。


人恋へば野は霧雨の赤まんま           三橋鷹女

 介護の仕事に関わって、もう、5ヶ月目に入った。
日々、色んなことを感じながら過ごしてきたが、つくづく思うのは、
「命の許される限り夫婦揃って歳を重ねたい」という、簡単そうでいて、実は一番難しいこと。
あるいは、
「人生の終わりには、何が待っているか分からない」ということ。
言い換えれば、
「人生思い通りには終えられない」という現実。

亡母が、「人間の価値は、死に際で決まる」とよく言っていたことを思い出す。
その言葉通りに、周りのものに「訣別(わかれ)」を覚悟させる時間を「看病」という形で与え、見事に逝った母であった。
信仰心の篤い人でもあった。

さて、わたしは?我々夫婦は?


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2003年9月 5日 (金)

心電図。


 2.3日前から風邪気味で、仕事の合間に病院へ出掛けた。
いつものホームドクターが、脈を取りながら「??・・不整脈があるねぇ」
「そう言えばドクッドクッと来ることがあります」と、いうことで、風邪の「ついで」に心電図を撮ることに。

「うーん、最近眠れてる?疲れてない?ストレスは?」
「そう言えば、眠れないことも・・・」
「『心配のない』 不整脈の一種だね。突然死する類のものじゃないよ・・・」
「治療の必要は?」
「ないない、頻脈があまり続くようなら来なさい」

なんだか、安心したような不安なような・・・
おっと、風邪薬を忘れるところだった・・・

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2003年9月 4日 (木)

安否確認。


炎天下貌失なひて戻りけり            中村苑子

「こんにちはー、お暑いですねー」(かなり広いお宅)、何度声をかけても返事のないTさん宅。
Tさんは、呼吸器の病気で、始終酸素ボンベが手放せない、ひとり暮らしのおじいさん。
介護保険の仕事で、安否確認と、身の回りのお世話、夕食作りに週3日伺っている。
「もしや・・・」どっと出る汗、胸のざわつき、慌ててお部屋に。
・・・やれやれ、扇風機を横に、スヤスヤお昼寝中のTさん。
一応お顔の色と、呼吸を確かめてから、そっと台所へ。
しばらくして、「やあ、来ててくれたの」。

お食事は量は召し上がらないので、その分なんとか美味しいものを、と心がけているのだが、なかなか・・
Tさん曰く「死んだバアさんが、料理が下手でねぇ。すっかりそれに慣らされちゃったんだよ」。
だから「あんたの作ってくれるものは美味しいよ」と、これは恐らくわたしへの「激励」。
もっと、勉強しなくては。

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2003年9月 3日 (水)

眠れない夜。


 特別な悩みや心配事があるわけでもないのに、眠れないことが
ある。
(以前は、枕に頭をつけるかつけないうちに、「もう、眠っている」と、夫によく言われたものだったが)
丁度、更年期の年齢でもあるし、眠れなければそれなりに、「こんなこともあるわよ」などとタカをくくって、本を読んだりテレビを観たりして、時間をやり過ごすことにしていた。
しかし、仕事を始めてからはそうもいかない。
「明日に差し支えるから」と眠ろうと焦る。
結果、それがかえって良くない。
一度、一睡も出来ないまま(と、本人は思っているのだが、実際はトロトロと細切れに眠っているのかも)朝を迎え、そのままかなりハードな仕事をしたことがあった。
体調を密かに心配していたのだが、どうと言うこともなく過ぎ、その夜は、健康優良児のようにぐっすりと眠れた。

その経験に味をしめたわけでもないが、最近では、眠れなくたってどうってことないワ、と「ノーテンキ」に思うことにしてい
る。
昨夜は、久々に「眠れない危険信号」を感じたが、枕に押し当てた耳で自らの心拍音を数えていたら、知らないあいだに朝になっていた。

わたしって、案外センサイ?・・・(大笑い)

画像は我が家のイチジク。
夫が肥料を間違えて施したせいで、葉っぱばかりが大きくなって・・・でも、その陰に健気に実ってくれました。

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2003年9月 2日 (火)

曼珠沙華。


我が胸の危うきものをことごとく
           燃やし尽くせよ曼珠沙華の花  たか子

ちょっと、カッコいいでしょ、この短歌。
母の看護に必死だった頃の、胸の裡に沸き上がる雑念を払いのけようという気持ちを歌にした・・・んだけど。
ちょっと気障かな。

この間の日曜に夫と車で走っていたら、曼珠沙華が田圃のあぜ道にチラホラ咲いているのを見つけた。
えっ、もう?
このヘンテコな気候に、花たちもその体内時計を狂わされているのかしら。

食事の介助に伺っていたTさん、遂に管を通しての栄養補給になったとか・・・ヘルパーの仲間からの連絡で知った。
Tさんをお世話したそれぞれが、仕事を離れても、気持ちのどこかで心配している。
腰に出来ていた 褥瘡の具合は、どんなかしら、切断した足の傷は痛んでいないかしら、痰吸引はこまめにして貰っているかしら・・

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2003年9月 1日 (月)

ネーミング。


 孫たちふたりの「プール病」がやっと治ったと思ったら、先週末に、隼が今度は「手足口病」を貰ってきた。
文字通り手と足に赤い発疹が出来、口には口内炎ができるというもの。
幸い熱は出ないものの、「登園停止」の病気のため、今日はベビーシッターを覚悟していた。
ところが、さっき病院に連れて行ったら、あっさりと「登園OK」が出た。
舌先に出来た口内炎のため、食欲はないが、まあ元気。
担任曰く「これくらいの方が、かえって(おとなしくて)イイですよ」。
「十分手がありますから、ご安心を」とのこと。

しかし、手足口病といい、プール病といい、ネーミングが笑える。(そうそう、ほっぺが赤くなるリンゴ病なんてのもあった)

口内炎のため、ひっきりなしに出る涎で、すぐにシャツがビショビショになる隼。
よだれかけをしてやろうとしたら、頑として(強硬に)拒否された。
彼にも、プライドってものがあるのかしらね。

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2003年8月31日 (日)

防災訓練。


涼風や出しそびれたる見舞い状            たか子

 暑中見舞いも、残暑見舞いも、なんだか出すタイミングの難しい夏であった。

今日は恒例の「防災訓練」。
これも、例年炎天下で行われるのだが、今日は曇り空の上、ふっと涼しい風が吹き抜けたりして、消火訓練や担架での搬送訓練を
「見学」するには正直なところ「助かった!」かな。
しかし、「必ず」地震は来る、しかも、そんなに遠い未来ではないという緊迫感が、いつものことながら、今ひとつ感じられない訓練ではあった。
これは、東海地震説が発表されてから(あまりに)久しいということもあって、行政側の打つ「太鼓」の音が、当初より住民にさほど響かなくなっているという実態。
結局は「自分の身は」自分でしか守れないという、ある種の開き直り。

それでも、わたしは、わたしなりに真剣に参加出来たと思いつつ帰宅。
非常持ち出しも点検し直さなくては。
そういう意識を取り戻すための訓練でも、あるんだよね。

二男の日記。サッカーの楽しさがこぼれ落ちんばかり。
若いっていいね。

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2003年8月30日 (土)

オニヤンマ。


鬼やんま父の脾腹を食はんとす
                         栗林千津

突然突っかかるように突進してくる「オニヤンマ」、畑仕事をしている「父」の脾臓を狙っているかのように・・・
その、(脾臓)脇腹のあたりが甘くなった、すなわち「父」の老いを感じた・・といった思いが込められているのだ、と解説に。
作者の父に寄せる愛情が見え隠れしていて、「うらやましい」作品だなぁと、父を十代に亡くしたわたしは思ってしまう。

えっ、そう言えば今年はトンボをあまり見かけないなぁ。
気候不順のせいかしら。

世界陸上の男子200メートル、末続クン、すごいね。
まだ、23才だって?
インタビューで、「皆さんに感謝します」とか「親に感謝します」という言葉を、何の衒いもなくごく自然に言っているのを聞くと、すごく気持ちがイイ。
何かを極めると、人間ができてくるんだろうか。
でも、スタジオ中継のふたりは、はっきり言って「うるさい」。
それと、選手に「大空を舞うナントカ」などという、「カンムリ」をつけて呼ぶのも不愉快。
わたし、へそ曲がり?

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2003年8月29日 (金)

片目。


 一昨夜の試合で、インディアカの今期の試合日程が全て終わった。
我が「高草フレンズ」は、飛び級状態で昇級したCブロックで、なんと片目しか空かなかった、という情けない結果に終わった。
このブロックでは、とてもじゃないけど、歯が立たない・・・というのが実感。

悔し涙も出ないほどの「完敗」続きではあったけれど、試合後にみんなで「茶々丸」という喫茶店の、「冷やしラーメン」を頬張りながら出した結論といえば、「来期は下のブロックでガンバロー!!」
まあ、この開き直りが我がチームのイイところであり、ワルイところでもあるんだけどね。

でもでも、楽しいインディアカであります。

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2003年8月28日 (木)

まさかねぇ。


かなかなや故郷は風の沙汰なりし         細谷てる子


かなかなは、秋の季語。
夜更けて聴く虫の声も、秋が近いことを思わせる。

今日はNさん宅に8時30分から11時まで、その後1時30分から料理講習会。
終了後、親しい友人三人でコーヒーを一杯。
スーパーで買い物をしてから帰宅。
フゥーッ。

友人に、「ちょっと痩せた?まっさか、違うよね、仕事疲れで、ちょっとやつれて見えるだけだよね」
はいはい、どうとでも。
そうねぇ、ちょっと痩せれば、良いんだけどねぇ。

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2003年8月27日 (水)

お礼。


人間に火星近づく暑さかな            萩原朔太郎
     

一週間に一度、お話相手に伺うSさんのお宅。
「暑いですねぇ」から始まり、取り留めのないお喋り。
今日は、話題のひとつに「火星」の接近を。
先週は星野富弘の話題。

そんなお喋りに花を咲かせていても、何かの拍子に「何のために生きているんだか、考えるとイヤになっちゃうのよ」と、急にしんみりと言う。
・・・若輩者のわたしには、重すぎるひとこと。
時間が来ても、「では・・・」と、なかなか言い出せない。
「あんたが来てくれるのが、ホントに楽しみなんだよ」と、不自由な足で玄関先まで送ってくださる。

帰り道、事業所に立ち寄ったら、先日伺ったHさんと、お墓参りにご一緒したNさんから、わたし宛に「お礼」の電話があったとのこと。
こちらこそ、有り難うございます。
ふんわりと、柔らかな気持ちになれて幸せです。

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2003年8月26日 (火)

行ってきました、お墓参り。


わが夏帽どこまで転べども故郷
                      寺山修司
 寺山修司の感傷に満ちあふれた掲句。
イメージがフワッと心に広がって、・・・いいなぁ。

 昨日はアノ暑さの中を、セニアカーのNさんのお供でお墓参りに出掛けた。
前日に車で下調べをしておいた約2キロを、交通量の少ない道を選んで、わたしは「徒歩」。
片道30分。

到着後、Nさんと一緒にお墓の周りを清め、お花を替え、お参りを済ませた。
Nさんは、(大腿骨を骨折して以来諦めていた)「自分」でお墓に来ることが出来たことに、「夢みたいだ」と大満足・大感激。
涙を浮かべてお礼を言ってくださる。

お宅に無事お送りして1時間30分。
帰り際に、遠慮がちに「また行きたいんだけど、付いてきて貰えるかしら・・・」。
「えっ、イイですよ、わたしで良ければ・・」
伺うと、月に2回はお参りしたいとのこと。
「そうですね、お墓まではおひとりでは危ないですからね」
Nさん、ぱっと顔を輝かせて、「ホント!いいの?」
「その時にはケアマネさんにお電話してください。わたしのスケジュールを調整しますから」

ちょっと、キビシイ「仕事」だけれど、Nさんのお役に立てて、自分の運動にもなるということで・・・まっ、いいかな・・・

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2003年8月25日 (月)

麻酔銃。


 昨日の日曜、孫たちふたりが遊びに来た。(いつものことだけれど)
やっと遼のプール熱も全快、ふたりともパワー全開といったところである。

子育てって、こんなに賑やかだったかしらと、ふと思ってしまうほどの大はしゃぎ。
夫は隼にべったりとまとわりつかれている。
遼は、娘に作って貰ったプラモデルのガンダムがお気に入り。
「そんなのだったら、まだ二階の引き出しにあるはずよ」と、息子たちのプラモデルの引き出しをゴソゴソ。
その中から、何体か五体満足のものを見つけて、またまた大騒ぎ。

暫くして、娘夫婦が迎えに来て、やれやれ。
「時々、『麻酔銃』が欲しくなるのよ、プシュッ、プシュッって
やれば、フニャフニャっておとなしくなるかもって思うのよ(笑)」との娘のひとことに、思わずニヤリ。
「もう暫くお貸ししましょうか」と婿。
「いーえ、もう十分、ありがとう」

可愛い可愛いチビたちであります。

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2003年8月24日 (日)

火星。


 昨夜、インディアカの練習の小休止のひとときに、オレンジ色に光る火星を見た。

地球に最接近!のニュースは知ってはいたが、毎日が雨続きの日々で、そう言えばこんなに晴れた夏空は久しぶり・・
練習の合間とあって、みんな頭から水をかぶったような汗をかいていて、ぐちゃぐちゃになった顔で、しばし南東の夜空を見上げることになったが、気分は爽快!、いい汗!。
どこかで、威勢のいい花火の音も聞こえる。

世界陸上が始まり、夜更かししてしまいそう。

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2003年8月23日 (土)

もう・・・


けたたましい電話の音。
1回目 「はい、どなたですか・・モシモシ・・・」
   「・・・・・・・・・・・・・・『プチッ』」
2回目  「はい・・・・・・・・」
   「・・・・・・・・・・・・・・『プチッ』」
3回目  「・・・・・・・・・・・」
   「・・・・・・・・・・・・・・『プチッ』」
4回目 コール音×10回

明け方の3時から3時30分までに。
夜中にどこからか緊急の電話がかかって来ても、決して不思議ではない年齢の、我々夫婦を見透かしたような悪戯。
恐らく無作為にボタンを押したのであろうが、執拗に何度もかけてくる嫌らしさ。
背中がゾクッとするような嫌悪感。
とうとう、そのまま眠れぬままに朝を迎えたのであります。

今夜は用心のため、夜中は電話の呼び出し音をoffにしまーす。
御用の方は携帯に、どうぞ。

でも、昨夜のNHKのドラマ「蝉しぐれ」は、イイ演出だった。
1回目だけれどね。
朝日新聞に「原作を読み返してみたくなるような仕上がり」とあったから、期待できるかも。

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2003年8月22日 (金)

うーん・・・・・


 利用者の依頼で「セニアカー」の付き添いをした。
利用者は82歳。
なかなか活動的なおばあさんである。
昨年大腿骨を骨折し、その結果、杖または歩行器の助けを借りないと歩けなくなった。
それまでは、ご主人の介護をし、自転車を駆使して動き回る、所謂「働き者」であったらしい。
お友達に勧められて、この度セニアカーを利用したいとのこと。

セニアカーの定義は「歩行者」と同じ。
必ず歩道を走行すること、歩道のない場合は「右側通行」が原則。従って車とは対面交通という形になる。

ご本人はその快適さに「有頂天」で、「自転車よりずっとラクだねぇ」。
うーん・・・・、横を付き添って歩きながら考えた。
ご本人だけが「安全」だと思いこんでしまう危険の大きいこと!
確かに、歩行困難な方には便利な乗り物に違いはないのだが・・

約1時間、わたしは大汗をかきながらついて歩き、最低限の交通法規を守って貰うように喉をからして話しかけ続けた。

「来週は、おじいさんのお墓参りに行きたいよぉ。ついてきてくれるかしら」
えっ、うそでしょ!


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2003年8月21日 (木)

おーい、阪神タイガース!


 阪神って「内弁慶」チームなの?、
高校生に本拠地を明け渡した後の低迷は、一体何?、どうしたの?
な~んて、ここぞ、とばかりに夫にチクリ。
モチロン「負け犬の遠吠え」ってやつですが。

昨夜は、夫のチームのインディアカの試合。
景気づけに長男夫婦から貰った、「トラマーク」のついたリストバンドをはめて出掛けたが、やはり「負けた!」そうな。

今日は、セニアカーで、道路に出たいというお年寄りの「ボディガード」の仕事が、「ご指名」で。(これも立派な介護保険適用の仕事である)
ケアマネージャー曰く、「ヘルパーの中で『運動神経』が一番よ・さ・そ・うな『あなた』にお願いしたいの。」
はいはい、「頑丈な人」ってのも条件の内なんでしょ。

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2003年8月20日 (水)

本末転倒?


 今日は忙しかった。
Yさんの朝食作りに始まり、引き続いて市立病院への「通院介助」。
三つの科を受診するとあって、広い院内をYさんを気遣いながらの移動。
終了は12時30分。
思いの外時間がかかったが、受診したことで「愁眉」を開くことが出来たYさんのホッとした様子に、こちらも安心。

その後、大急ぎで1時30分からの食事療法の講義の会場へ。
終了後、そのままYさん宅へ夕食の支度。
移動の合間に、夏休み最終日で家にいる夫に「すみません、買い物に行けないので、お刺身買っといてくださーい」と電話。
帰宅後、刺身の盛り合わせの他、簡単に2.3品作って夕ご飯。

「忙しくて大変だったね」と、夫に言われて、「すみませ~ん」と小さくなりながら・・・
これこそ本末転倒。

でも、お陰で有意義な一日でした。
夫に感謝。

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2003年8月19日 (火)

孤独。


 今朝、糖尿病食を作りに伺ったら、ひどく具合の悪そうなYさん。
風邪気味で微熱があり、明け方痰に血が混じっているのを見て、なんだか不安でどうしようもなくなったと言う。
まず、わたし自身が落ち着かなくては・・えぇーと、こういうときには・・・

Yさんと正対して座り、落ち着いて貰うようゆっくり話しかけた。
「もう一度検温してみましょう」、「どこか特に苦しいところは?」、「お食事は召し上がれそうですか」などと話しかけながら、事業所の「サービス提供責任者」のMさんに状況説明の連絡を取る。

会話を続けながら食事の支度をし、テーブルに。
Mさんが来る頃には顔色も良くなり、朝ご飯も普段通りに食べられるようになった。
我々ヘルパーは、医療行為は禁じられているし、それに関連する発言も許されていないが、結局、ご本人の決断で明日定期検診の予約日でもあることから、今日は一日様子を見ようということになった。

午後から糖尿病食の講習会があり、その講義の中で「孤独というストレスが血糖値を上下させることもある」との講師のひとことに、Yさんを思った。

そのYさんに、明日は、通院介助を依頼されている。

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2003年8月18日 (月)

さあ!


 さて、今週も頑張って・・・と、思ったら孫の遼が「プール熱」との報せ。
弟のが感染って、一昨日あたりから高熱が続いているとのこと。
幸いにも、今日は終日フリーのわたし。
と、いうわけで毎度のことながら、ベビーシッターを仰せつかる羽目に。
今日あたり熱が引いてくれると良いのだが。

今週は事業所の主催で、「糖尿病・高血圧のための食事」というテーマの勉強会がある。
講義と、調理実習。
今一度、しっかりと勉強させて貰おうと思う。
自分のためにもなるしね。

長く続いている雨、そろそろ青空を!

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2003年8月17日 (日)

Tさん。


踊る輪の暗きところを暗く過ぎ   鷹羽狩行
    
そういえば、久しく盆踊りの輪も見ない。

日中をゴロゴロしていたせいで、昨夜はなんだか寝そびれてしまい、仕方なく朝方の3時過ぎまで一人で本を読んだり、テレビを観たりして過ごした。

食事介助に伺っていたTさんが、とうとう口からものを受け付けなくなった。
従って我々の介助の仕事も、お終いになった。
眠れぬ夜中に、その今月分の報告書をまとめながら、肩で苦しげに息をしていた、もう快復の見込みのないTさんを思った。
ドライシャンプーをしてあげたり、お歳の割には豊かな髪をブラッシングして上げたりすると、気持ちよさそうに目を瞑り、手を合わせて「ありがとう」と言って貰ったことなども。

事業所の担当者から、こういう体験は今後いくらでもありますよ、その都度「気持ちを切り替えてください」と言われたが、新米の介護ヘルパーは、そこのところがなかなか・・・

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2003年8月16日 (土)

雨ばかり。



重き雨どうどう降れり夏柳
星野立子

雨の句をパラパラやっていたら、うん!。

ホントに重たげな雨が「どうどう」という感じで降り続く。
天気予報では、明日も雨らしい。

二男に続いて長男夫婦も帰り、今日は孫たちの声も聞かない。
静かな静かな土曜日。
雨に降り込められて、夫とふたり、何を話すでもなく新聞を読んだりテレビを観たり・・・
こんな日もたまにはいいね。

今夜の献立はと、冷蔵庫を覗いていたら後ろから夫の声、「鍋焼きうどんがいいなあ」。
そうねぇ、半袖では肌寒いような陽気ですもの、そうしましょう
か。

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2003年8月15日 (金)

花火。


手花火の柳が好きでそれつきり                            
                     恩田侑布子

 ちょっと意味深な掲句。
想像が果てしなく広がるのがイイ。

今夜に順延されていた「焼津海上花火」だったが、またも、雨。
さっき広報で中止を告げていた。いつに日延べになるかはまだ「わからない」そうな。
異常な気候で、肌寒いお盆休みとなった。

中国地方に旅行に出ている友人のMさん、お天気はどうかしら。
明日東北に出掛ける友人のSさん、雨が止むと良いね。

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2003年8月14日 (木)

お好み焼き。


「お父さんのお好み焼きが食べたーい!」という娘のたっての希望もあり、今夜はお好み焼き。
夫の作るのは、具だくさんの「広島風」。
残念ながら二男はいなかったが、長男夫婦、娘夫婦、チビ台風ふたり、というメンバーが勢揃い。

夫は次から次へと何枚も焼き続け、バタバタとチビたちの走り回る中で、それぞれが「おたふくソース」をべったり付けたお好み焼きを頬張るという、まことに慌ただしい風景ではありましたが・・
格別の味ではないものの、「お袋の味」ならぬ「親父の味」として、しっかりこどもたちに根付いたのは確か。
いえいえ、失言でした。
とても美味しかったですよ、ごちそうさまでした。

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2003年8月13日 (水)

実家。


母の辺にあり青き嶺も沼も見ゆ
                    大串 章

わたしには、掲句で言うような「実家」がない。
勿論、父も母もすでに亡い。
「実家に帰ってきたのよ」などと同年齢の友人から聞かされたりすると、この歳になっても一瞬うらやましいなぁと思ってしまう。

昨夜二男が千葉の下宿に帰り、入れ替わりに長男夫婦が今夕やってくるという。
こどもたちの「実家」として、諸手を広げて(少々痛みかけているけれど)彼らを包みこんでやりたいと、帰る場所を持たない我々夫婦は、いつも思うのである。

今日は当地の「荒まつり」。
海に近い地域では、御輿も出て大賑わいのようである。

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2003年8月12日 (火)

プール熱。


孫の隼が2.3日前から「プール熱」にかかり、高熱を出している。
保育園の仲良しさんから貰ったらしく、始めは目の充血、それから40度近い発熱と、いわば真夏の「インフルエンザ」といったところらしい。
熱があって可哀想なのは確かなのだが、具合が悪くてわたしの腕の中でじっとしている「今」の状況は、ある意味いかにもしおらしくて可愛いものがある。
元気溌剌の隼には、いつもいつも辟易としているということもあって・・・

座薬を使って下げざるを得なかった熱も、どうにか峠を越えた様子。
「ちゅんが、ちゅんが」「じいじ、ばあば!」と家中を駆け回るのも、もう「すぐ」のことだろう。
お兄ちゃんの遼に感染っていないと良いけどね。

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2003年8月11日 (月)

痴呆と言うこと。


友情よアスパラガスに塩少々
                    中田美子

解説に「友情の距離」は掲句程度が良い、とある。
なるほどね、塩をきかせて緑鮮やかに茹で上げた「アスパラガス」ねぇ。
ふーん。上手いなあ。

親しい友人のSさんが、その闊達な生き方を頼もしく見上げていた父親の、ここ一、二年の間の心身の急な衰え、ついには「特別養護老人ホーム」に入所、という現実を受け入れられずに、メソメソと泣いてばかりいる。
自分に出来ることがもっとあったのではないか、と彼女らしくなく後ろを振り返ってばかり。
わたしは、何の力にもなってやれず、ただ話し相手をして貰い泣きをしたりしている。

でもね、ホントはね、「痴呆って、ご本人にとってはある意味幸せなんだよ」と、喉まで出かかっているのだが、言えずにいる。

現実は時に、残酷で厳しい。


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2003年8月10日 (日)

朝寝坊。


 台風一過の青空!・・・かな?

今日は日曜日で、ゆっくりと朝寝坊を決め込もうと思うのに、5時過ぎると目が覚めてしまう。
目覚まし時計が鳴るわけでもないのに。
寝ていろと言われれば、お昼過ぎまででも何の抵抗もなく眠れたのは、・・・何歳頃までだったかしら。

夫も、7時前には寝室からもそもそ起き出して、いつものソファーで寝直している様子。
そっとしておくことにしましょう。

今日は二男が帰省の予定。

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2003年8月 9日 (土)

休日・キユージツ・・


一振りのセンターフライ夏終る           八木忠栄
     
掲句を今朝のテーマに、なんて目論んでいたのに、台風のお陰で「オジャン」。

休日出勤の夫を(実は彼、今日から20日まで夏休みなんだけど・・・)を送り出し、窓を叩く激しい雨を眺めながら、久しぶりにのんびりとコーヒーを飲んでいる。
「仕事」と呼べるほどのことではないにしても、毎日何らかの制約を受けながら過ごしていると、実に日々の過ぎるのが早い。
金曜日の「仕事」を終えると、心の底から「やれやれ」と思う。
休日をソファーの「指定席」で、寝そべって過ごす夫の気持ちも分かろうというものである。

そうそう、来週からNHK「金曜時代劇」で、藤沢周平の「蝉時雨」を放送するって。
どうぞ、原作のイメージを損なわないものを、と思ってしまう。
(以前放送した、平岩弓枝の「水鳥の関」は、ひどかったもの)
思い入れの強い作品だけに期待半分、不安半分といったところかな。

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2003年8月 8日 (金)

気圧。


大型台風の襲来!
まだまだ遠くにいると思うのに、朝からひどい雨である。

どうも、お年寄りにはこの気圧の変動がこたえるらしい。
今朝お食事を作りに伺ったTさんも、なんだか具合が悪い様子。
血糖値も低めで、昨日は目眩で起き上がれなかったとか。
昨日の担当者に「ひとこと」言ってくだされば・・・と言うと
「迷惑かけちゃいけないと思って・・・」
「・・・そのための『わたしたち』じゃないですか」
取りあえず、食欲のでそうなものを何点か作って食卓に並べる。
「お話ししながら召し上がってください」
報告書類をいつもよりゆっくり書きながら、お話し相手を。
その間に事業所へ電話で状況の説明をし、通院介助が必要かどうかの指示を仰ぐ。

それでも、食事がすむ頃には少しはお元気になり、今日一日は様子を見てみよう、ということになった。

結局わたしの出来ることといったら、消防署と直結の緊急呼び出しの装置を確認すること、困ったら必ず事業所へ連絡をするように、何度も何度も伝えることぐらいしかなく、夕方また「来ますからね」と挨拶をして帰ってきた。

今日は、(もうひとり気がかりな)お年寄りの昼食の介助に伺うことになっている。
具合が悪くなっていないと良いんだけど・・・

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2003年8月 7日 (木)

ご挨拶。




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2003年8月 6日 (水)

今日という日。



朝の膳に向ふ八月六日晴れ
                   原 朋沖

「黙祷」

 Tさんの朝食介助に。
ひどく痰が絡まっていて、肩で息をしている。
看護師に痰吸引をお願いし、少しずつ食事を口に運ぶ。
食欲がまるでない様子。
なだめすかしながら、8割り方を食べて貰うのに1時間近くかかった。
今までにないような衰弱の仕方が、気になる。
「やだくなっちゃうよー(いやになっちゃうよ)」と、声を出さずに口の動きで訴えてくる。
「うんうん」と頷き返しながら、耳元で「頑張ろうね」。
でも・・・・何をどう、いつまで頑張ればいいのか。
人間の「命」、「尊厳」を考える。

折しも、今日は8月6日。

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2003年8月 5日 (火)

メニュー。


「おはようございマース、お加減いかがですか」
今日は糖尿病食作り。

この暑さにも関わらず、血糖値も安定しているTさん。
何より食欲減退の時期に、「ありがと、美味しいよ」と言って、食卓に載せたものをみんな平らげてくれる。
ヘルパー冥利に尽きるとは、このこと。
それが大きな励みになっているんだけどね。

○今朝のメニュー
ご飯100グラム、キャベツとしめじのみそ汁、甘塩鮭40グラム大根下ろし添え、もやしのゴマ和え、ポテトサラダ(ジャガイモ50グラム・キュウリ・トマト・レタス)、もずく酢、バナナ110グラム。
野菜合計120グラム。
○お昼のメニュー
ご飯100グラム、豚肉40グラムピカタ風キャベツ添え、冬瓜とインゲンの煮物、キュウリと人参の千切り塩もみ、めかぶ、低糖ヨーグルト。野菜合計180グラム。
これで一食約400キロカロリー。

毎回冷蔵庫の中身と相談の即興メニューで、大したものは出来ないし、味付けもカロリー制限でままならないが、まあ、わたしの精いっぱいかな。
さあ、晩ご飯は何にしましょう。

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2003年8月 4日 (月)

しまったぁーーーー。


 夫に、「6時だよ」と起こされた。
ガバッ!と、ホントにガバッ!と起きあがる。
「どーしよー、7時までに病院に行かなきゃいけないのに・・」
モチロン、その前に夫を送り出さなくては・・・
一瞬パニック!
「な・なんで目覚まし鳴らなかったのよ~~」

超特急で夫の朝食を作り、自分の身支度をし、洗濯物を干し、
6時30分に「行ってらっしゃい!」。
ちょっと、ほっ。
「あっ、ゴミの日だっ!」
「玄関の前の葉っぱも掃かなくちゃ!」
ドタバタと大汗をかいて、6時45分に車に飛び乗る。

病院に滑り込みセーフ。
心を落ち着けてから、お食事の介助。

やれやれ、いつもの何倍も疲れた。

でも、ギモンが・・・・
枕元のめざましは、無意識に止めたとしても、
リビングで同時に鳴るようにしてある、携帯のアラームの
音(アノやかましい)にも気がつかなかったなんて・・・ナゼ?
明日はもう一個目覚ましを増やさなくっちゃ。

因みに起床は5時20分であります。

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2003年8月 3日 (日)

母校。


 三人のこどもたちが通った小学校が、今年創立100周年を迎え、
その節目の年に校舎を建て替えるという。
モチロン今ある校舎が、100年前のものというわけではないが。

我々夫婦はこの土地の人間ではないので、小学校に特別な思い入れがあるわけではないが、先日長男が帰省した折りに建て替えの話をしたら、「えっ!卒業の時埋めた『タイムカプセル』は、どうなるんだ?」。
そうか、こどもたちにとってはここが「故郷」なんだよね。
そこで、彼のリクエストに応えて、校舎の写真を何枚かパチリ。

ちなみに、この辺りは子育てにをするのには、非常に良い環境で、小学校の前は幼稚園、2~3分歩くと中学校といった具合。
密かに「焼津の文教地区」なんて冗談で言っていたくらい。

画像は解体される校舎。グラウンド一杯に仮設校舎も出来た。

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2003年8月 2日 (土)

夏が来た。


帰省子に家中の窓開け放ち              たか子

 お盆休みが近づいた。
息子たちもそれぞれに帰省して来るという。

昨日あたりから「夏」がやって来たようで、涼しかった7月がウソみたいな陽気である。

お年寄りと病人にとっては、こういう急激な気候の変化は耐え難いほどの苦痛となる。
糖尿病のTさんも、陽気の変化に身体が追いついて行けない様子。
昨日の朝は、血糖値が低すぎて、わたしが伺ったときには顔色も悪く、ちょっとふらついていた。
「ヘンな風に暑いんだもの」とTさん。

そこで、急いで朝食を作り、食べて貰うことに。
食べ終わる頃には会話も弾むようになり、「ほっ」

元気なわたしでさえ、昨日の陽気には「参ってしまった」くらいだもの、さぞ、と担当しているお年寄りの顔を思い浮かべてしまった。

しかし、夏って、こんなにヘンな暑さだったかしら?

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2003年8月 1日 (金)

どちらにしても。


 息子たちが頑張って、その努力のカタチを「論文」として発表しているという。
それぞれの日記を読んで、早速そのページにリンクを・・・
「どうやったらいいの?」などと、メールで聞きながら。
しかし、開いたものの、英文の洪水に結局は何も分からず、息子たちの名前を見つけるのが、精いっぱい。
と、いう嘆かわしい母ではあります。

そう言えばこどもたちが学生の頃、「手渡せる財産もない親だけれど、好きなように勉強しなさい、それは応援するよ(大したこと出来ないけど)」というようなことを言った覚えがある。
その親の心許ない「ひとこと」をどう受け取ったのか、あるいは、軽く聞き流したか、まあ、それはともかくとして、今現在は彼らの三人三様の生き方を、夫とふたりで楽しみに眺めさせて貰っているといったところである。

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2003年7月31日 (木)

蝉。


いつまでも捕手号泣す蜥蜴消え
                  今井 聖
高校野球の夏が来た。
あれよあれよ、と言う間に今日は県の決勝戦だとか。
息子たちの母校の名前は・・、うっかりして見過ごしたか、瞬間的に消えたか・・しら。

掲句の後ろに広がるのは夏の青空、だが、今日もまたどんよりとした空模様。

今朝、孫の隼を保育園に送っていく道すがら、僅かの晴れ間を狙ったかのような、蝉の大合唱に出会った。
「隼ちゃん、ほら、蝉が鳴いてるよ」と膝を屈めて木の茂みを指さしたら、「コワィ・コワィ」と言ってしがみついてきた。
そうか、ものごころついてから、初めて聞く大合唱だったかもしれないね。

今日で7月も終わり。
よく頑張りました、と小さな声でわたしに。

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2003年7月30日 (水)

優しいだけじゃ・・


 朝食介助に行ってのこと。
お向かいのベットは、ほとんどいつも眠ってばかりのおばあさん。
食事もミキサー食なのだが、なかなか介助者の思うように食べてくれない。
そこへ、ちょっと「きつめ」の看護師さんの登場。
「○○さん!起きて、!はいっ!お口開けて!、はいっ!飲み込んで!」

優しいだけじゃダメってことか・・・・なぁ?

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2003年7月29日 (火)

空蝉。



油蝉死せり夕日へ両手つき             岡本 眸

蝉がやっと鳴き始めた。
上掲の句の油蝉は、恐らく短い生涯を鳴きつくして死んでいったものだろう。
しかし、今年の蝉は、特に我が家の狭い庭のあちこちに脱ぎ捨ててある空蝉の主たちは、十分に命を全うしたかしらと、ちょっと心配になる。
このヘンな陽気ですものね。

少し風邪気味。
お年寄りを訪問するのに風邪は禁物。
病院へ行かなくては。
自らの体調管理が出来なくては・・・・ね。反省。

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2003年7月28日 (月)

地震。



 東海大地震が叫ばれて久しい。
もう、そろそろかと言われながらも、そこは人間の哀しさ、そう緊張の持続するはずもなく、我が家では、気休め程度の家具転倒防止のつっかえ棒を立ててみたり、細々としたものをリュックに詰めてみたりと、まことにお粗末な地震対策しか講じていない。
挙げ句の果ては、「なるようになるさ」と諦めムード。

 それだけに、最近の地震騒ぎをテレビのこちら側で観ながら、明日は「我が身」かと思ってしまうというわけ。

昔は、狸や狐が出没したという湿地帯の上に建つ我が家であれば、震度7~8の揺れでどうなるかは分かり切ったこと。
ただ、夫は「軽量鉄骨で作ってあるから『大丈夫』」、との持論を繰り返して呑気モード。

うーん。

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2003年7月27日 (日)

暑中見舞い。


 暑中見舞いって、立秋前までに出すものだよね。
でも、この涼しさではねぇ・・
去年は、確か「ルリマツリ」の満開の様子を撮して葉書を出したけれど、今年はまだチラホラしか咲いてないしね。

昨日は、エスパルスが、ナント!市原に勝ち、巨人が勝ち、アノ阪神が負けた。

長男夫婦が来ていた嬉しさも大いに手伝って、ちょっといい気分。

二男は二男で、サッカーで盛り上がった様子。
日記を読むと、「ああ、若いっていいなあ」と思わず言ってしまいたくなる。

長女はふたりのチビ相手の、肝っ玉かあさん。

みんな、頑張れ。

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2003年7月26日 (土)

桔梗。



桔梗や男に下野の処世あり
                 大石悦子

解説に、まさに「官僚の天下り」そのものである、とある。
一見桔梗の花のように潔く職を辞するように見えて、実は「下野」にしっかり手回しをしている「処世」があると。
なるほどね。

不器用な生き方をしている我が夫は、定年後の「処世」などさらさら考えてもいない様子。
わたしはわたしで「何とかなるでしょ」と、まことに似たもの夫婦。

でも、ホントに「何とかなる」かしら・・・・

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2003年7月25日 (金)

ユニフォーム。


葛桜雨つよくなるばかりかな
                    三宅応人

雨に降り込められている風情に、夏の季語の「葛桜」をさりげなく配して、なんとまあ、素敵な句ですね。

さっき、Tさんのお宅に伺った帰りに銀行に寄ったら、窓口の女性に「ヘルパーさんをなさっているんですか?」と聞かれた。
「えっ?」
「Tシャツにお名前が・・・」
あ、うっかり!。
支給された「ピンク」のTシャツを着ていたんだった・・・
聞けば、彼女の嫁ぎ先のお姑さんも、「生き生き」とヘルパーの仕事に励んでいるとか。
その生き方を、彼女は「いいなぁ」と、常々思っているのだそうな。
なんだか、ちょっと嬉しかった。

でも、この支給されたユニフォーム(ピンクとミントのTシャツ・紺のトレーニングウエア)、ホントは着たくなのよね・・・・
わたしに似合うとはとても思えないしね。(トレーニングウエアは、堪忍して貰ってジーパンを穿いているのだが)
でも、ピンクを着てお宅に伺うと、「ああ、いい色だね、気持ちが明るくなるよ」って言われる。
なるほどね、だから介護職のユニフォームって、ピンクが多いのね・・・

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2003年7月24日 (木)

みずすまし。


美しい数式になるみずすまし           
                     中山美樹

みずすましのあの長い足を即座に連想。
続いて、昔こどもたちと覗き込んだ、空き地の大きな水たまりを思い出した。
みずすましが、ツイッ、ツイッと動き回っていた風景。
雨上がりの青空・・・・・

「アマゾン」で本を買った。
2,000エンを70エンだけ超えたので、送料無料。
コンビニまで取りに行かなくても、自宅に届いたよ!
ディブ・ペルザー著「“It”(それ)と呼ばれた子」3巻。

忙しい環境に身を置くと、決まって本が読みたくなる。
いや、正しくは、読みたい本を身近に置いておきたくなる。
そんな本たちが何冊も出番を待っているんだけどね。

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2003年7月23日 (水)

親友(とも)に。


 肺ガンで逝ったM・Kさんに捧ぐ。

 深々と被りし帽子の春色をまず誉めてから病室に入る

 まなじりにしばし涙はとどまりてコロンと落ちて
                   親友(とも)は死にたり

 ホタルイカ・スイカ・ドーナツ・とろろ蕎麦
                 食べたきものの哀しき序列

 驟雨過ぐ42年を駆け抜けた親友(とも)の命を掻っ攫うがごとく

 あんなにも親友(あなた)が欲した「生」なのに
             ごめんねわたし、だらだら生きてて
                          たか子

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2003年7月22日 (火)

美辞麗句。



アカンサス凛然として梅雨去りぬ         吉村公三郎

 鬱陶しい、毎日。
梅雨明けは、いつのことでしょうか。
糖尿病を患うTさんも、こんな陽気のせいで、今朝はいつもに増して元気がない。
せめて、食欲の出るものをと、酢の物を一品増やして食卓に載せた。

 鬱陶しいこと、その2.
古舘一郎の世界水泳の実況。
スポーツ実況に、彼の流暢な「ハナシ」はいらない。
美辞麗句を並び立て、喚き立てれば立てるほど、シラけてくる。
北島の世界新のレースも、もっとまともな実況で観たかった。
テレビ局は、何を考えてるのかしら。
でも、こんなことにハラ立ててるのはわたしだけかも。

ま、元気出していきましょう。

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2003年7月21日 (月)

蝉時雨。


 休日出勤の夫を送り出して、何気なくテレビをつけたら、女性の「朗読」の声。
「!」、すぐ分かった、藤沢周平の「蝉時雨」だった。
主人公が自分の人生に決然と立ち向かっていく、クライマックスのシーン。
わたしは、藤沢周平の時代小説が好きで、文庫本でかなりの冊数を持っているのだが、その中でも「蝉時雨」は印象深い一冊である。
「人生って、なかなか自分の思うようにはいかないけれど、それを受け入れて生きていくのも、また『人生』だよ」と、静かに語りかけてくれるような内容だったと思う。

読書って不思議なもので、強烈な印象を受けたものについては、それを読んだときの自身の心模様も憶えていたりする。
いや、逆に忘れられない心模様の先に「読書」があったのかもしれないが。
この「蝉時雨」も、そういう類の一冊だった。

この作品を、いつか目の不自由な兄に「音訳」をして上げたい、と思ってはいるのだが・・・・さて。

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2003年7月20日 (日)

シラける。


『世界水泳シンクロの中継司会者。ありゃ、何だ。メダルの連呼には哀しくさえなる。』

今朝の清水氏のページの「ひとこと」

ホントにそう思う。
静かに、現実を捉えたことが言えないのかしらね。
もっとも、それでは「商売」にならないのかも・・・
観ているこちら側は、完全にシラけきっているんだけどね。
楽しみにしている競泳も、あんな調子かしら。
NHKでは、放送しないの?


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2003年7月19日 (土)

朝顔。


父逝きて見ずに終わりし朝顔の薄桃色の花のかそけさ 
兄の手の抱きし頭のずっしりと重たくなりて父は死にたり                                       
                          たか子

 今日は、実父の命日である。
上掲の短歌は、父を亡くした高校1年の、あの夏の朝の印象をもとに作ったもの。
国語の授業での「宿題」に提出するために、初めて作った稚拙な短歌である。(今も大したことないけど)
担任の教師に、「かそけく」という表現はウソだ、逆に親を亡くした衝撃の中では、朝顔の花が「目に鮮やかに」写ったはずだ、と批評されたことを憶えている。

今では、その朝顔が「かそけく」見えたか、「悲しいまでに鮮やかに」見えたかは憶えていないが、亡父が丹誠込めて作った薄桃色の花であったことだけは、確実に脳裏に残っている。

そう言えば今年の夏は、朝顔も蝉の鳴き声も、もうひとつパッとしない、なんだかへんてこな陽気である。

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2003年7月18日 (金)

反省。


 朝、Tさんのお宅に糖尿病食を作りに伺ったら、「今日は『あじさいの会』の食事会があるんだよ」とにこにこ顔。
「ああ、そうでしたね。」
「あじさいの会」の会食とは、市内の独居老人のためにボランティア団体が、一ヶ月に一度食事を作ってご馳走するというもの。
「折角の食事会ですから、あんまりカロリーを気にせずに楽しんできてください」と、わたし。
「その分、夕ご飯で調節しましょう」と、これは胸の裡でわたしの独り言。
会場は、大型スーパーの前の公民館。
「帰りに、お友達と気晴らしにスーパーへ寄ってらしたら?」と
何気なく言ったら、
「うーん、ホントは3階へ寄りたいんだけど、エスカレーターがね・・・」
「?」
「下りのエスカレーターに乗るのが怖くてね」
「?」
「年寄りはね、『その一歩』を踏み出せないんだよ。だからいつも階段をそろりそろりと降りるんだよ」

そうだったのか、知らなかった!
エスカレーターがあるから「大丈夫ですよね」と、思わず言うところだった・・・
お年寄りの気持ちに一生懸命近づきたい、などと思っているわたしの「思い上がり」を、反省!反省。

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2003年7月17日 (木)

お墓参り。


ホタルイカ、すいか、ドーナツ、とろろ蕎麦、食べたきものの哀しき序列    たか子    (死期の迫ったKさんの枕頭にて)
             
 今日は14年前に亡くなったKさんのお墓参り。
Sさんと、Hちゃんと三人で。
墓石を清めながら、若いHちゃんが「Kさんが亡くなった歳を超えちゃった」と独り言。
生きていると、大変なこともあるけど、ガンバっているよ、とS
さん。
わたしは、黙って花を供えた。
Kさん、生きていたら良かったのにね、と胸の中で言いながら。
亡くなった日も葬儀の日も、今日みたいに暑かったねえ、とこれは異口同音。

その後、軽いお昼を食べながらお互いの近況報告。
Kさんがここにいるといいのにね、とHちゃん。
ホントに・・・

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2003年7月16日 (水)

やれやれ。


 今日はウソみたいに忙しかった。
ひとつ、またひとつ、と確認しながら仕事を片付け、一日中動き回っていたような気がする。
最後の仕上げは、19時からのインディアカの試合。

フゥーッ!
わたしに「ごくろうさん」

でも、いい一日!

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2003年7月15日 (火)

ていたらく。


 「ていたらく」を辞書で引くと
「体(てい) たり」のク語法。そのような体であること、の意。ようす。ありさま。現代では、好ましくない状態やほめられない状態についていう。
だって。

昨夜、夫が「8月の東京ドームの巨人ー阪神戦、キャンセルしないか」と言い出した。
「巨人の『ていたらく』は見てられないからなあ」
巨人ファンのわたしには返す言葉もない・・・・
神がかり的な阪神の躍進を、「観戦するのもいいんじゃないの?」
「弱い巨人とやったってつまらんってことさ」
・・・うぅっ・・・(去年までは、間違ってもそんなこと言わなかったのに)

というわけで、あえなくキャンセルすることになった。

おーい、巨人!どうなってるのーぉ!

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2003年7月14日 (月)

ナナフシ。



ナナフシの斜めになりてなりおおす   空茶(東京都)

上掲の句は、「増殖する俳句歳時記」を主催している清水哲男氏が、その七周年を記念して一般公募した中の一句。
句に「七」を入れて作るという条件のもとで、皆さん素敵な句を寄せられている。
これは、池田澄子選の「天」に入選した句である。

ナナフシが、枝を真似て斜めになっている、とそれだけのことながら、情景が見事に浮かんできて、おまけにこちら側の頬も緩むという具合。
上手ですね。

実は、わたしもチャレンジを、などと思いながら果たせなかったこともあって、「ふんふん」と感心しながら、入選句を鑑賞しているというわけである。

今日は久しぶりの「終日フリー」。
ちょっと怠けている書の稽古をしようか、あっ!そうだ、換気扇を洗わなくては。

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2003年7月13日 (日)

百日紅(さるすべり)。


百日紅きのうのことは存じませぬ               
                新田美智子

わたしは「きのうのことは・・・」と、ここまで「しれっ」と言い切れる性格を、あいにく(?)持ち合わせてはいないが、そうか、なるほどね、と妙にナットクさせられるから可笑しい。
あの優しげなピンクの花を、うだるような暑さの中で「しれっ」と、何事もないかのように咲かせる百日紅。
なるほどね。
振り返ったって仕方のないこともあるものね。
わたしへの応援歌ということで、この句、いただきますっ!

そう言えば、はるか昔の高校時代、校門を入って正面玄関の右に百日紅の大木があって、独特のつるつるした幹に触れると
ひんやりと冷たかった・・ことを思い出した。
多感な時期を一緒に過ごしたあの木は、もう、ないだろうね・・・

昨夜のインディアカの練習は、体育館独特のムッとした熱気の中で、ついつい集中力も途切れがちだった。

暑い暑い夏が、また来る。

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2003年7月12日 (土)

プールへ。


 孫ふたりと娘とわたしとでプールへ出掛けた。
遼はモチロン隼までが、一人前の顔をしてバチャバチャ。
ウォータースライダーは「大きくなったらね」
楽しそうなチビたち。

ああ、疲れた。
ひとりで1000メートル泳ぐ方が、よほどラクチン。

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2003年7月11日 (金)

ひとこと。


 昨日は旧友と「マヤ文明展」に。
正しくは、彼女の娘さんも一緒に。
いつもなら、「ふーん」「へー」という感嘆詞を発するだけの鑑賞も、若い娘さんと一緒だと話題が豊富になり、ひと味違った楽しみ方が出来て、おばさんふたりは「満足、満足」でありましたが・・・

その後娘さんと別れて、いつもながらのお喋りと美味しいお食事。
彼女とは高校の陸上部時代からの付き合いで、スッピンの自分を安心して見て貰えるような安心感がある。
取り留めのないお喋りの中で、わたしの「ヘルパー奮戦記」を読んでくれている彼女の口から、「あなた、根本的な優しさを持っているのよ、『他人』にだから『優しく』出来ているんじゃないよ。例え、親でも舅姑にでもきっと優しくできるものを持っているんだと思うよ」。
(そういう彼女自身も、姑と実母に細やかな優しい心で接している)

さすが、旧友!
お喋りに紛れて「ありがと」も言えなかったが、わたしの心の中にしみじみと染み入る嬉しい励ましの「ひとこと」でありました。

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2003年7月10日 (木)

パッチワーク。


 昨日は、Hさんのお宅へ伺う「居宅訪問」の日。
その二日ほど前に事業所の担当者が、事務手続きのことで伺ったら、わたしの訪問を「楽しみに待っている」と言ってくださったとか。

いつものように、「こんにちは!」で始まる一時間半のほとんどを、Hさんのお話しをお聞きすることに費やす。
毎回伺うたびに、新旧の記憶を交錯させながらのお話し。
わたしは頭をフル回転させながら、パッチワークのようにお話しの断片をつなぎ合わせながら、耳を傾ける。
89歳のHさんは、お歳の割に驚くほどしっかりしておられ、それだけにお話しの相手をするのにも、的確な受け答えをしないと失礼になると思うからである。

昨日は帰るきっかけが掴めないまま、契約時間を30分以上もオーバー。
結果、「わたし」でよければ(オーバーした分は)ボランティアでお話しをお聞きしますよと、つい思ってしまうわたしのプロ意識の欠落を、報告に立ち寄った事業所で厳しく注意を受けてしまうことに。
「あなた以外の人が訪問した場合のことを考えてください」
「気持ちはわかるけれど、結果的にあなただけが『いいこ』になってしまうのですよ」

はい、ヘルパーの「いろはの、い」でした。
反省。
ちょっと、へこんだ(二男の口癖)。

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2003年7月 9日 (水)

賢く・・・?


趣味で絵手紙を書くIさんから、小さな色紙を頂いた。
それには、いつもながらの素敵な花の絵に添えて、「女の一生」として
『五十で賢く、六十で豊かに、七十で健やかに、
八十で和やかに、九十で愛らかに』とある。

さーて、わたしを振り返ってみれば、
五十で、すでに「賢く」はなれず、六十になった頃に、こころ「豊か」かどうかは自信がないなぁ。
でも、理想として、ということで机の前の壁に飾ることにした。
Iさん、どうも有り難う。

さてさて、愛しの「巨人」は、矢折れ、刀尽きて・・・・つ、ついに阪神のマジック点灯。

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2003年7月 8日 (火)

赤ん坊。


ちらと笑む赤子の昼寝通り雨
                 秋元不死男

上掲のような句に出会うと、ホッとさせられる。
音をたてて降る雨、起きはしないかと赤子に目をやったら、
ちらと笑った、と、ただそれだけのことなのだが。

一昨日の夜中に柳美里原作の「命」をwowowで観た。
実体験に基づいている作品のせいか、観ているこちら側が息苦しくなるような・・・
そんな重いテーマの中でも、赤ん坊を胸に抱くシーンでは、登場人物それぞれが「役者」を超えた優しい目になるのが、不思議であり救いでもあった。

可愛い盛りの幼い子が、信じられないような殺され方をしている。
信じられないことが、当たり前みたいに起こる最近の世の中、何が、誰が悪いんだろうね。

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2003年7月 7日 (月)

七夕。



今年より吾子の硯のありて洗ふ 能村登四郎

はっきりしない空模様ながら、今日は七夕。
ただし、陽暦の。
どちらかと言えば、陰暦の七夕のほうが、スカッと晴れた夏の夜空が仰げる確率が高いと思うのだが。

それはともかく、七夕の前日には硯を洗い、当日の早朝に里芋の葉に溜まった朝露を集めて、それで墨を擦り文字を書くと腕が上がるとか。
そんなことを、はるか昔に母から聞いた覚えがあることを、ふと思い起こさせてくれた、今朝の一句。

わたしも硯を出して洗うことにしようか。
腕が少しは、上がるかな、上がるといいなぁ。

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2003年7月 6日 (日)

水母(くらげ)。


乳いろの水母流るるああああと  吉田汀史

不思議な、それでいて心に響く一句ではある。

以下、清水氏の解説より抜粋。
「もしも『水母』が鳴くとしたら、あるいは啼くとしたら、なるほど「ああああ」でしかないように思える。」とあり、更に「『ああああ』は『ああ』でもなく『あああ』でもなく、人間にとっての究極的かつ基本的な絶望感の表現に通じている。おのれの弱さ、無力を自覚させられ、絶望の淵に沈み込んだとき、言葉にならない言葉、言葉以前の言葉である「ああああ」の声を発するしかないだろう。その意味では、この「ああああ」は、逆に言葉を超えた言葉でもあり、あらゆる言葉の頂点に立つ言葉だとも言える。」

うーん。言い得てる。
清水氏は、実に的確に、しかもわたしなんぞにでもわかる解説をしてくれる。
その都度、うんうん、と感激しながら読むのだが、すぐに頭を通り過ぎてしまうのがわたしの「難点」。

トラキチの清水氏、かの快進撃のせいか、最近は解説にも一段と熱が入っているような気がするなあ。

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2003年7月 5日 (土)

プロ。


病院に母を置きざり夕若葉   八木林之助

少し意味は違うが、病院に食事の介助に伺ったり、糖尿病食を作りにTさんのお宅に伺ったりしての帰り際、自分の車に乗り込むと「ふーっ」と一息吐いたりすることがある。
それは、まさしく依頼者を「置き去り」にして自分の日常へと還る瞬間でもある。

自分は「仕事」としてすべきことを終えて帰るのだが、ベットに寝たままのご病人や、一人暮らしのTさんには、この先も何の変化もない時の流れがあるわけで、特にTさんに「あんたと話していると、具合の悪いのも忘れるよ」、「一人っきりには慣れているんだけどね」などと言われたりすると、なんだか後ろ髪引かれるような思いになるのである。

こうやって、物事を割り切ることの出来ないのも、わたしがこの仕事のプロではない証拠、とは分かっているのだが。

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2003年7月 4日 (金)

知らなかった!


 夜来の激しい雨も上がって、あら、良かった、なんて思いながらゴミを捨てに外へ出た。
んっ?、道路の様子がいつもと違う。
もう忘れかけていた「浸水」の後の風景に似ている、ような気がする・・・・。

そこへ、お向かいのSさんが、明らかに「寝不足です」という顔つきで出てきた。
「昨夜は大変だったよね。でも、何事もなくすんで良かったー」
「??」
「やだっ、知らなかったの?夜中の1時過ぎから朝方まで消防が出てたのよ」
「??」
「ここの道路もかなり冠水していたし、トイレだって水が逆流していたし、大変だったのよ」
「ああ、そうだったんだ。道理で、今朝の様子がおかしいと思ったわ」
「呑気ねぇ、大体あの雨音の中でよく眠れたわね」

広い道路へ出てみれば、確かに東名のガード下は水びたしで、通行止めにもなっている。

慌てて川の傍の娘に電話してみる。
「朝起きたら、庭が水浸しになってたのよ。このあたりもちょっと大変だったみたい。でも・・なーんにも知らなかった」

こう言うのを「親が親なら、子も子だ」っていうんだろうね。

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2003年7月 3日 (木)

昨日の出来事。


その1、
知人からお中元が届いた。な、なんと全く同じものを
わたしも、前日に送ったばかり。
中身は「『健康』調理オイル」。
電話で「考えることは、みんな同じなんですねぇ。コレステロールが気になる年代ってことですね」と、笑いバナシ。

その2、
夜遅く「くぐもった」弱々しげな声で「オレだけど・・
分かる?」
(むむっ、もしかして、「オレオレ詐欺?」)
「えっ?」
「オレなんだけど・・・」
「どちらの『オレ』さまですかっ」
「ガチャン!!」
きっと、そういう類の電話に違いがない。
息子の名前でも言って、ちょっとからかってやれば良かったかったカナ・・・なーんて。
でも、お年寄りなら騙されかねない。
なんて、卑劣なことを!

さあ、今日は、終日「風邪」の遼のベビーシッター。

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